中国における長期介護保険制度の全国展開 <小濱道博先生の介護特化塾 vol.18>
本コラムでは、介護経営コンサルタントとして、日本トップクラスの小濱道博先生が、介護業界の「知って得する」トピックスを取り上げて解説します。会計事務所の皆様に、介護マーケットの魅力・重要性のほか、介護特化を進めるためのヒントや戦略などを毎回お届けします。
※本記事は、会報誌『BIZUP Accounting Office Management Report』vol.153(2026.7)に掲載されたものです。
小濱介護経営事務所 代表
C-SR(一社)介護経営研究会 専務理事
C-MAS 介護事業経営研究会 最高顧問
小濱 道博 先生
中国では今年3月に政府が新たな指針を発表し、2028年末を目標に長期介護保険制度の全国展開を進めている。これは年金や医療保険などに続く第6の社会保険として位置づけられ、広大な国土の全人口をカバーする壮大な計画である。日本の介護事業者を顧問に持つ税理士として、この中国の動きは対岸の火事ではなく、顧問先の海外展開リスクの評価や国内事業のコンプライアンス指導において極めて重要な知見となる。
まず制度の資金調達と企業負担の仕組みについてである。保険料率は賃金や所得の約0.3パーセントに統一され、企業や個人そして政府が分担して拠出する仕組みとなっている。企業で働く従業員の場合に使用者である企業と個人が同率の約0.15パーセントずつを折半して負担し、企業の負担は従業員の賃金総額を基準に算定される。顧問先が中国への進出や現地法人の設立を検討する際には、この新たな法定福利費の負担を事業計画に精緻に組み込むよう指導する必要がある。給付については現金給付ではなく、介護サービスそのものを提供する現物給付を原則とし、導入初期は重度の要介護者を優先的に保障する。また巨大な人口を支えるために、施設介護よりも在宅や地域での介護を強く推進している。
次に顧問先が中国市場へ参入する際のリスク管理と戦略的助言についてである。中国の現場で不足しているのは施設というハードウェアではなく、現場を実際に動かすための介護運営OSと呼ばれる運用ノウハウである。日本が25年かけて培ってきた介護記録の正確な残し方や法令を遵守するための監査対応といったノウハウは、中国においてビジネスの可能性を秘めている。しかし税理士として最も注意を喚起すべきは、政治的な判断による突然の政策変更リスクや厳しい外資規制そして知的財産権が十分に保護されない不確実性である。したがって、中国市場をメインの事業の柱に据えるべきではなく、自社の専門性を高めるための副産物や一つの選択肢として位置づけるよう助言することが求められる。
さらに中国の動向から得られる知見を国内の経営指導に還元する視点も欠かせない。日本の介護保険制度においては加算算定の形骸化や記録の虚偽化といった失敗の歴史が存在し、これに基づく行政処分や多額の介護報酬の返還が行われてきた。介護事業は成長分野とされ、税務署の調査や労働基準監督署の監査においても小規模事業者を含め厳格化の傾向にある。中国の現場がこれから直面するコンプライアンスリスクを他山の石とし、顧問先に対して日々の適切な記録の保持や加算要件の厳格な管理など内部統制の強化を促すことが重要である。また中国で急速に進むAIの導入を注視し、日本国内で必ず訪れる圧倒的な人材不足の時代において、テクノロジーを経営の効率化に結びつける助言をしていくことが税理士の新たな役割となる。
小濱 道博
こはま・みちひろ/介護経営コンサルタントとして、全国各地で介護事業全般の経営支援、コンプライアンス支援に 特化した活動を行う。2009年にC-MAS 介護事業経営研究会の立ち上げに関与。 税理士、社労士など200を超す専門士業事務所との全国ネットワーク網を構築し、 国内全域の介護事業経営者へのリアルタイムな情報提供と介護事業経営の支援活動を行う。 介護経営セミナーの講演実績は、全国で年間300件以上。 書籍の大部分はAmazonの介護書籍で第一位を獲得。
