米雇用統計と企業経営者(小宮一慶先生 経営コラムVol.93)

本コラムでは、『小宮一慶の「日経新聞」深読み講座』等の著書を持ち、日経セミナーにも登壇する小宮一慶先生が、経営コンサルタントとしての心得やノウハウを惜しみなくお伝えします。
※本記事は、会報誌『BIZUP Accounting Office Management Report』vol.143(2025.9)に掲載されたものです。
株式会社小宮コンサルタンツ 代表取締役CEO
小宮 一慶 先生
米国の雇用統計は世界のエコノミストたちが注目する指標で、株式や為替市場にも大きな影響を与えます。失業率、非農業部門の雇用増減数、時間当たり賃金(前月比)などですが、中でも非農業部門の雇用増減数は重要な数字で、数か月平均で月に15万人程度増加していると、米景気は比較的堅調だと判断されます。
この雇用統計の発表にトランプ大統領が噛みつきました。2か月前までさかのぼって改訂されるのですが、5月が1.9万人、6月が1.4万人、そして新たに発表された7月の数字は7.3万人と、振るわないものでした。先月に発表された数字では、5月は14.4万人、6月が14.7万人ですから、大幅に減少した改訂となりました。先月までは巡航スピードだと思われていた米国経済に、急に暗雲が垂れ込めた感じです。
この雇用数の改定は、速報値では反映されていなかった数値を反映するもので、もちろん、以前から2か月前にまでさかのぼりずっと行われてきたことですが、今回の改定は世界の市場にも影響を与えるほどのものであったことも間違いありません。翌営業日の東京市場でも大きく株式相場が下がりました。
トランプ大統領は、この改定を見て、統計の責任者をクビにすると発表しました。よほど数字が気に入らなかったのでしょう。しかし、先程も述べたように、この統計は、これまでもずっと同じパターンで発表されてきたもので、このトランプ大統領の解任行動については、内外から強い批判が出ています。企業経営者が決算が気に入らないので、会計士や税理士をクビにするといっているのと同じです。
私は、この一連の動きを見て、いくつかのことを思いました。
ひとつは、数字が気に入らないからと、その数字を作成している責任者をクビにするというのは、限度を超えた行動であり、一部の熱烈な信奉者を除いては、トランプ氏の支持率に逆に悪影響だろうということです。
もうひとつは、先程、決算が気に入らないので、会計士や税理士を解任する経営者の話をしましたが、私は、経営コンサルタントを長くやっているので、粉飾された決算書をごくわずかですが見たことがあります。経営者が税理士などに頼んで、銀行からの融資を得るなどの目的で粉飾をしていたのです。もちろん、大多数の経営者や税理士は粉飾などしていません。
これと比べると、許されることではありませんが、トランプ氏の行動は、まだ粉飾までは至っておらず、粉飾をする経営者よりも罪は軽いかなとも感じました。どこかの国のように、経済統計の粉飾が米国でも行われないことを願うばかりです。

小宮 一慶
こみや・かずよし/京都大学法学部卒業。 米国ダートマス大学タック経営大学院留学(MBA)、東京銀行、岡本アソシエイツ、 日本福祉サービス(現: セントケア)を経て独立。名古屋大学客員教授。 企業規模、業種を超えた「経営の原理原則」をもとに幅広く経営コンサルティング活動を 展開する一方で、年100回以上講演を行っている。 『稲盛和夫の遺した教訓』(致知出版社)など著書は150冊以上で、経済紙等にも連載を抱える。