為替介入はいつ実施される?過去30年間の歴史を振り返る
円相場が大きく動くと、「1ドル=160円を超えたら為替介入があるのではないか」「政府が円買いに動くのではないか」といった観測が市場で広がることがあります。
しかし、政府が「1ドル=○円になったら介入する」という明確な基準を公表しているわけではありません。
実際、日本では過去30年ほどの間に、円高を抑えるための「円売り介入」と、円安を抑えるための「円買い介入」の両方が行われてきました。そして、そのタイミングを振り返ると、為替レートの絶対的な水準だけではなく、相場が短期間でどれほど大きく動いたか、投機的な取引が影響していないかといった点が重要であることが分かります。
本記事では、為替介入がどのような場面で実施されるのかを整理したうえで、1990年代以降の主な為替介入を振り返ります。
為替介入は「1ドル=○円」で決まるわけではない
為替介入の正式名称は「外国為替平衡操作」です。
財務省によれば、為替相場は本来、各国の経済状況などのファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)や市場の需給によって決まるものです。一方、思惑などによってファンダメンタルズから乖離したり、短期間に大きく変動したりすると経済に悪影響を及ぼす可能性があるため、為替相場の安定を目的として通貨当局が市場で外国為替を売買することがあります。
日本では、為替介入を決定するのは財務大臣です。日本銀行は財務大臣の代理人として、実際の通貨売買を行います。
では、具体的に何円になれば介入するのでしょうか。
2023年8月、当時の鈴木俊一財務相は「145円が一定の目安なのか」と問われ、「絶対的な数字があって、それを超えたから防衛するということではない」と説明しました。そのうえで、重視するのはボラティリティ、つまり相場の変動や投機筋の動きであるとの考えを示しています。(参考:鈴木財務大臣兼内閣府特命担当大臣閣議後記者会見の概要(令和5年8月15日(火曜日))| 財務省)
また、2024年4月にも鈴木財務相は、為替相場について「その水準によって是非を判断しているのではない」と明言し、ファンダメンタルズを反映して安定的に推移することが重要だと説明しました。
つまり、「150円なら介入しないが160円ならする」という単純な仕組みではありません。
為替介入のタイミングで重視される3つのポイント

過去の政府発言や介入実績を踏まえると、為替介入の判断では主に次の3点がポイントになります。
第一は、短期間での急激な変動です。
数か月かけて徐々に円安になる場合と、数日や数週間で急激に円安が進む場合では、企業や家計が対応できる時間が異なります。2024年3月には、当時の神田真人財務官が2週間で約4%円安が進んだことに言及するなど、政府は為替の「水準」だけでなく「変化のスピード」も重視しています。
第二は、投機的な動きです。
政府は為替相場を特定の価格に固定することを目的としているわけではありません。実体経済の変化以上に、市場参加者の思惑や投機によって一方向への動きが急速に強まっていないかも重要な判断材料になります。2024年の円買い介入についても、財務省は「投機的な動きも背景とした過度な変動」に対応するために実施したと説明しています。
第三は、経済のファンダメンタルズからの乖離です。
為替相場は本来、各国の金利差や物価、景気、国際収支といった経済の基礎的条件を反映して形成されます。そのため、こうした要因では十分に説明できないほど円安・円高が進んでいる場合には、相場がファンダメンタルズから乖離していると判断される可能性があります。
したがって、介入の可能性を見る際には「1ドル=何円か」だけではなく、どのくらいの速さで、なぜその水準まで動いたのかを見ることが重要です。
為替介入の歴史
ここからは、平成〜現在に至るまでの約30年間の主要な為替介入の歴史を紹介します。
| 時期 | 主な相場状況 | 介入方向 |
|---|---|---|
| 1995年 | 急激な円高、1ドル79円台 | 円売り・ドル買い |
| 1998年 | アジア通貨危機下の円安 | 円買い・ドル売り |
| 2003~04年 | デフレ下での円高 | 円売り・ドル買い |
| 2010年 | 世界金融危機後の円高 | 円売り・ドル買い |
| 2011年 | 震災後の急激な円高 | 円売り・ドル買い |
| 2022年 | 急激な円安 | 円買い・ドル売り |
| 2024年 | 1ドル160円前後まで円安 | 円買い・ドル売り |
| 2026年 | 円安・過度な変動 | 円買い・ドル売り |
年表をからもわかる通り、為替介入は円高の時に限って行われるものではありません。一貫しているのは、相場の急激な変動や投機的・無秩序な動きによって経済に悪影響が及ぶことを防ぐという考え方です。
順を追って見ていきましょう。
1995年|歴史的な円高に対する円売り介入
過去30年ほどを振り返ると、1990年代の為替介入は現在とは反対に、急激な「円高」を抑えることが大きな課題でした。
1995年には円高が急速に進み、4月には一時1ドル=79円台となりました。政府は急激な円高が日本経済の回復に重大な悪影響を及ぼすおそれがあるとして対策を実施し、日米欧によるドル買い協調介入や日本単独の介入を行いました。その後、同年9月には1ドル=100円台まで円安方向へ戻っています。
現在の円買い介入とは逆に、円を売ってドルを買うことで円高を抑える介入でした。
1998年|アジア通貨危機のなかで円安を抑制
1997年に始まったアジア通貨危機(※)などを背景に、今度は円安が進行します。
1998年には1ドル=140円台まで円安が進み、日本はドル売り・円買い介入を実施しました。4月には約200億ドル、6月にも20億ドルものドル売り・円買い介入が行われています。
1995年からわずか3年ほどで、円高を抑える介入から円安を抑える介入へ方向が逆転している点からも、為替介入が特定の円相場を守る政策ではないことが分かります。
※アジア通貨危機とは…1997年にタイを起点としてアジア各国の通貨や株価が急落し、金融・経済不安が広がった危機です。通貨下落や資本流出が連鎖し、日本を含むアジア経済にも大きな影響を与えました。
2003~2004年|大規模な円売り介入
2000年代前半には、再び円高への対応が政策課題となりました。特に2003年から2004年にかけて、日本政府は大規模な円売り・ドル買い介入を繰り返しました。
当時、日本経済はデフレから完全には脱却しておらず、急激な円高によって輸出や企業収益が圧迫されることへの警戒が強い状況でした。この時期の特徴は、単発で大きく市場を動かすというよりも、長期間にわたって繰り返し介入が行われたことです。
その後、日本では約6年にわたって為替介入が実施されない期間が続きました。財務省は1991年4月以降の日次の介入実績を公開しており、過去の実施日や売買通貨を確認できます。
2010年|6年半ぶりの円売り介入
2010年には、世界金融危機後の不安定な経済環境のなかで円高が進みました。9月には政府が約6年半ぶりとなる円売り・ドル買い介入を実施します。
円高が輸出企業の収益を圧迫し、日本経済の回復を妨げることへの警戒が背景にありました。ここでも、「円が高いから」という理由だけではなく、短期間の相場変動と実体経済への影響が重要な判断材料となっています。
2011年|東日本大震災後には国際協調介入
2011年3月の東日本大震災後には、通常であれば経済への打撃から円安になりそうな局面で、逆に急激な円高が進みました。海外資産を持つ日本企業や投資家が復興資金確保のため円に資金を戻すのではないかという思惑などが市場に広がったためです。
この際には、日本だけでなくG7各国が協調して円売り介入を実施しました。
さらに同年8月や10月にも、日本政府は単独で大規模な円売り介入を実施しています。この事例は、為替介入が国内要因だけでなく、災害や国際金融市場の混乱など特殊な状況でも行われることを示しています。
2022年|24年ぶりの円買い介入
近年の為替介入の大きな転換点となったのが2022年です。米国が急速に利上げを進める一方、日本銀行は金融緩和(※)を継続したため、日米の金利差が拡大し、円安が急速に進みました。
9月22日、政府はドル売り・円買い介入を実施しました。円安を抑えるための円買い介入としては1998年以来、約24年ぶりでした。その後も円安が進行したため、10月にも介入が行われました。
ここで重要なのは、単に「円が安いから」という理由だけではなく、短期間で円安が急速に進み、市場が一方向に傾いていたことです。2022年以降、為替介入のニュースでは「円安水準」だけでなく「円安のスピード」という言葉が頻繁に使われるようになりました。
※金融緩和とは…中央銀行が金利を引き下げたり、市場に資金を供給したりして、お金を借りやすくする政策です。企業の投資や個人の消費を促し、景気を下支えすることを目的に行われます。
2024年|1ドル160円前後で大規模な円買い介入
2024年にも円安が進み、4月末にはドル円相場が1ドル=160円台に達しました。
財務省の公表資料によると、4月29日に5兆9,185億円、5月1日に3兆8,700億円のドル売り・円買い介入が実施され、合計額は9兆7,885億円となりました。
さらに7月11日には3兆1,678億円、12日には2兆3,670億円の円買い介入が行われています。
鈴木財務相は、この介入について「投機的な動きも背景とした過度な変動」に対応したものだったと説明しています。160円という水準が注目されましたが、政府の説明を見る限り、160円そのものを防衛ラインとしていたわけではありません。
2026年|過去最大規模の円買い介入へ
2026年にも円安圧力が強まり、政府は再び円買い介入に踏み切りました。財務省によると、4月30日に6兆2,787億円、5月4日に7,802億円、5月6日に4兆6,759億円のドル売り・円買い介入を実施しています。4~6月期の合計は11兆7,349億円となり、円買い介入として過去最大規模となりました。
さらに7月31日には、日本と米国が協調して円買い介入を実施しました。片山さつき財務相は、円の「過度な変動や無秩序な動き」に対応するための協調介入だったと説明し、必要であれば追加の協調介入も辞さない姿勢を示しました。
財務省が8月28日に公表した月次統計によると、7月30日から8月26日までの介入総額は15兆3,993億円に達しています。詳細な実施日・介入額については四半期ごとに公表されるため、2026年9月4日時点では全容はまだ公表されていません。
税理士・会計士は「介入ライン」より変動スピードを見る

為替ニュースを見ると、「160円が防衛ライン」「次は165円で介入」といった予測が注目されがちです。
しかし、企業財務を見る税理士・会計士にとって重要なのは、介入のタイミングを当てることではありません。
見るべきなのは、為替の変動スピードと、それによって企業の収益・資金繰りがどの程度変わるかです。例えば急激な円安が進めば、輸入企業では原材料費や仕入価格が短期間で上昇します。外貨建て買掛金や借入金を持つ企業では、為替差損が膨らむ可能性もあります。
逆に急激な円高では、輸出企業の売上や海外子会社の利益を円換算した金額が減少します。為替介入によって相場が一時的に大きく反転するケースもあるため、「現在の為替レート」を前提に固定的な収支計画を立てることにも注意が必要です。
過去30年の介入を見ると、為替相場は円安・円高のどちらにも大きく振れてきました。
為替介入のニュースを読む際には、「何円なら介入するのか」ではなく、相場がどれほど速く動いているのか、ファンダメンタルズで説明できる動きなのか、政府が『過度な変動』『投機的な動き』という表現を強めているのかという点を見ることが、企業財務への影響を考えるうえでも重要です。
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