税理士業界が注目した 今月の気になる税務トピック<気になる税務トピックVol.35>

『税理士のための相続税Q&A 小規模宅地等の特例』など多数の著書を持ち、研修講師としても活躍する白井一馬先生が、税理士業界注目のニュースや気になる話題をピックアップ。独自の視点も交えながら、コンパクトに紹介します。
※本記事は、会報誌『BIZUP Accounting Office Management Report』vol.139(2025.5)に掲載されたものです。
白井税理士事務所 所長・税理士
白井 一馬 先生
くら寿司 代表者の長男に“節税疑惑”
「株主を犠牲にして自らの節税を実行したのでは」。そのように疑われても仕方ないのは、大手回転寿司チェーン・くら寿司の副社長だ。
令和6年12月、同社が株主優待制度の廃止を発表した。その直後、副社長が、自ら支配する資産管理会社に対し、自身が保有していたくら寿司株を移動していたことが明らかとなった。さらに2か月後、今度は一転、株主優待の復活を決定している。なお、副社長は現社長の長男とのこと。
株主優待の廃止を発表したことで、くら寿司の株価は3割以上も下落。そのタイミングで株式を売却したわけだ。株主優待の復活で今度は株価が急騰したとのことなので、資産管理会社の株主が子供など親族であれば、副社長の個人財産は減少することになり、将来の相続税の大きな節税になる。
あるいは、自ら保有する上場株式を資産管理会社に現物出資したとすれば、個人財産を上場株から非上場株に入れ替えることになるが、この非上場株が純資産よりも安い類似業種比準方式で評価できれば、より大きな個人財産の圧縮効果もある。
どのような意図で実行したかは報道では分からない。ただ、国税当局はこれを否認することはできないだろう。中小企業でも役員退職金で引き下げた類似業種比準価額をもって後継者に株式を贈与する手法はよく実行されている。インサイダー取引ではないかとの指摘があり、税法よりむしろ株価の市場操作が疑われる処理なのではないか。いまのところインサイダー取引の摘発や調査の情報はないようだ。
無利息融資に行為計算否認
同族会社に対する低利率の貸付について、同族会社の代表取締役とその家族に対し、いわゆる「同族会社等の行為計算の否認規定」が適用された事例が紹介されている(週刊税務通信3847号)。
同族会社の代表取締役とその家族が、同族会社の約79億円の社債を保有して社債利息を得ていた。この利息収入は源泉分離課税であったため節税目的で行われていたが、平成25年度税制改正により、平成28年1月1日以後に総合課税になることをきっかけとして81億円の貸付金に切り替えたというものだった。切り替え後の貸付利率は、日本銀行が公表する貸出約定平均金利の約100分の1又は約500分の1等に過ぎず、著しく低かったとのこと。税務署長は貸出約定平均金利に基づいて、本件消費貸借に係る利息の金額を計算して所得税の各更正処分をした。
同族会社に対する無利息融資といえば、有限会社に対し代表者が3,455億円超を無利息で貸し付けたことに対し、所得税法の行為計算否認によって利息相当の増額更正を受けた「パチンコ平和事件」が思い出される。個人から同族会社に対する無利息融資で利息相当の所得が認定されることは基本的にないが、パチンコ平和事件を踏まえれば、金額が極端な場合や不合理不自然な場合は雑所得の認定リスクがあることを意識すべきだ。
課税当局にしてみれば、今までしっかり節税しておいて、廃止されたとたん、極端に低利にするとはいかがなものか、と言うことだろう。しかも現実に現預金の移動はなく、償還すべき金額をいったん未払金に計上し、短期借入金に振り替える会計処理を行っているだけだったから、さらに印象は悪い。

白井 一馬
しらい・かずま/石川公認会計士事務所、 税理士法人ゆびすいを経て独立。『顧問税理士のための相続・事業承継スキーム発想のアイデア60』 『一般社団法人一般財団法人信託の活用と課税関係』『一般社団法人・信託活用ハンドブック』ほか 著書多数。