仙台薬局事件、高裁でも総則6項を認めず<気になる税務トピックVol.28>
『税理士のための相続税Q&A 小規模宅地等の特例』など多数の著書を持ち、研修講師としても活躍する白井一馬先生が、税理士業界注目のニュースや気になる話題をピックアップ。独自の視点も交えながら、コンパクトに紹介します。
※本記事は、会報誌『BIZUP Accounting Office Management Report』vol.132(2024.10)に掲載されたものです。
白井税理士事務所 所長・税理士
白井 一馬 先生
相続の依頼を引き受けたと想像してみてほしい。被相続人が保有していた非上場株式を類似業種比準方式で評価したところ1株当たり8千円だった。ところが被相続人は生前にM&Aに関する基本合意を締結しており、そこで合意した譲渡価額は1株当たり10万円だったらどうだろうか。しかも相続後の譲渡契約によって同額の譲渡代金が実現している。さて、いくらの評価額で申告すべきだろうか。これが実際の判例になったのが仙台薬局事件だ(令和6年8月29日東京高裁)。
納税者は類似業種比準価額によって1株約8千円とする相続税の申告をしたが、課税庁は総則6項に基づき1株約8万円とする更正処分を行った。評価額の合計額の差異は約15億円になる。東京地裁は納税者の処理を認め国の更正処分を取り消した。そして東京高裁は国の控訴を棄却、国は上告しなかったため高裁判決が確定。いわゆる総則6項が否定された初めての事件ということになる。
この事件は令和4年最高裁判決におけるマンション節税のような租税回避行為はない。M&Aの交渉途中で不幸にも相続が発生してしまったわけだ。しかし一審では租税回避行為があることが適用要件であるかどうかが問題になった。この点、東京高裁は租税回避行為の存在が必要とは説示していないとして一審の記載を大きく補正、租税回避行為が要件とならないとの国の主張に対する判断の必要はないとした。
この事件では、株式の時価は相続時点で実現していると考えるべきだと思う。土地の譲渡契約途中で売主に相続が開始したときは未収金としての評価、つまり譲渡代金で評価するのが実務だ。これと同様に評価すべきだと考える。つまり総則6項を持ち出して議論する必要はなく、事実認定による評価の問題として扱えば良いのではないか。仙台薬局事件は基本合意による譲渡価格が相続後、そのまま譲渡契約によって実現していることから、資産査定などの手続きは相続時にはほぼ終わっていたと想像できる。
相続開始時に売買契約成立に至っていなかったとしても、近い将来売買契約が成立し、売買代金債権に転化する蓋然性が高いとの国の主張が正しいと思える。高裁は、近い将来における売買契約の成立及び売買代金債権への転化の蓋然性の程度を基準にすることは適切でないとしたが、相続時点で現金にしか変りようがない財産だったと考えるのが妥当だと思う。
しかし東京高裁はM&Aによる譲渡代金は専門的評価によるものであって経営判断や交渉の産物であり交換価値を反映するものとは限らないとし、譲渡代金と通達評価額に大きな乖離があったとしても、総則6項を適用するような租税負担の公平に反する特段の事情はないと指摘した。
判決の判断内容が是認されるのであれば、M&Aの基本合意に至った段階で、子供に対して類似業種比準方式による評価額で贈与しても問題はないことになる。子供は類似業種比準方式で贈与税を負担すれば、その10倍の譲渡代金を受け取っても贈与税の問題は生じないのだろうか。高裁判決には疑問が残る。
白井 一馬
しらい・かずま/石川公認会計士事務所、 税理士法人ゆびすいを経て独立。『顧問税理士のための相続・事業承継スキーム発想のアイデア60』 『一般社団法人一般財団法人信託の活用と課税関係』『一般社団法人・信託活用ハンドブック』ほか 著書多数。