介護現場の生産性向上は 「ICT」だけでは限界に達している
<小濱道博先生の介護特化塾 vol.14>
本コラムでは、介護経営コンサルタントとして、日本トップクラスの小濱道博先生が、介護業界の「知って得する」トピックスを取り上げて解説します。会計事務所の皆様に、介護マーケットの魅力・重要性のほか、介護特化を進めるためのヒントや戦略などを毎回お届けします。
※本記事は、会報誌『BIZUP Accounting Office Management Report』vol.149(2026.3)に掲載されたものです。
小濱介護経営事務所 代表
C-SR(一社)介護経営研究会 専務理事
C-MAS 介護事業経営研究会 最高顧問
小濱 道博 先生
介護業界における人手不足は、もはや慢性的な経営課題と言って過言ではない。国は「生産性向上」を掲げ、ICTやロボット導入に多額の補助金を投じているが、現場からは「機械を入れても使いこなせない」「かえって手間が増えた」という嘆きが聞こえてくるのが実情である。では、本当に効果の出る、そして会計事務所として顧問先に助言すべき「現場改善の勘所」とは何なのか。
まず、多くの施設が陥る罠が「平等の追求」である。あるデイサービス事業所では、特定の人に業務が偏る「属人化」を解消しようと、全員がすべての業務を行える「多能工化」を目指した。入浴介助も送迎も記録も、全員でローテーションを回そうとしたのである。一見、理にかなった組織改革に見えるが、結果は現場の混乱だった。得意・不得意を無視した配置はケアの質を下げ、ベテラン職員のモチベーションまで低下させてしまったのだ。この事例が教えてくれるのは、「全員が同じ回数やる」ことが平等ではないという教訓である。
次に、ICT導入の幻想と現実について触れたい。見守りセンサーや介護記録ソフトは魔法の杖のように語られがちだが、導入現場のリアルはもっとシビアだ。「タブレットの画面遷移が多くて記録が見づらい」「入力に時間がかかり、結局残業が増えた」という声は後を絶たない。ここで重要なのは、すべてをデジタル化しようとしない「割り切り」である。成功事例を見ると、重要事項の申し送りにはあえて紙のバインダーを併用したり、緊急時は手書きメモを許容したりといった「ハイブリッド運用」を公認しているケースが多い。ICT導入自体を目的化せず、「現場が使いやすいか」を最優先にする。高齢の職員が多い職場であれば、キーボード入力を強いるのではなく、スマホの音声入力やチャットアプリを活用するなど、身の丈に合ったツール選びが定着の鍵となる。
そして何より重要なのが、改善活動の進め方だ。トップダウンで「来月からこの機器を使う」と号令をかけても、現場は「やらされ仕事」と感じて反発するだけである。成功している組織は、必ず現場職員を巻き込んでいる。「気づきシート」などで現場の不満や「ムリ・ムダ・ムラ」を吸い上げ、職員自身に解決策を考えさせるプロセスを踏んでいるのだ。「自分たちが選んだ方法」であれば、職員は定着させようと努力する。
生産性向上とは、単なる時短や効率化ではない。無駄な間接業務を削ぎ落とし、利用者と向き合う時間を生み出し、職員が心身ともに健康に働き続けられる環境を作ることである。「残業代が増えていますね」という指摘だけでなく、「現場の負担になっている業務は何ですか」「ICTを入れたけれど使われていないものはありませんか」と一歩踏み込んでみる。小さな失敗を許容し、現場と対話しながら修正を繰り返す「PDCAサイクル」を回せた施設だけが、成果を手にしているのである。
小濱 道博
こはま・みちひろ/介護経営コンサルタントとして、全国各地で介護事業全般の経営支援、コンプライアンス支援に 特化した活動を行う。2009年にC-MAS 介護事業経営研究会の立ち上げに関与。 税理士、社労士など200を超す専門士業事務所との全国ネットワーク網を構築し、 国内全域の介護事業経営者へのリアルタイムな情報提供と介護事業経営の支援活動を行う。 介護経営セミナーの講演実績は、全国で年間300件以上。 書籍の大部分はAmazonの介護書籍で第一位を獲得。
