介護の最前線が挑む「構造的危機」:AI、外国人材、地域連携 <小濱道博先生の介護特化塾 vol.10>
本コラムでは、介護経営コンサルタントとして、日本トップクラスの小濱道博先生が、介護業界の「知って得する」トピックスを取り上げて解説します。会計事務所の皆様に、介護マーケットの魅力・重要性のほか、介護特化を進めるためのヒントや戦略などを毎回お届けします。
※本記事は、会報誌『BIZUP Accounting Office Management Report』vol.145(2025.11)に掲載されたものです。
小濱介護経営事務所 代表
C-SR(一社)介護経営研究会 専務理事
C-MAS 介護事業経営研究会 最高顧問
小濱 道博 先生
2024年の介護事業者倒産件数が過去最多を記録し、日本の地域ケアシステムの持続性を揺るがす最大の構造的危機に直面している。しかし、同時に業界全体の常識を打ち破る新たな経営モデル、すなわち「ハイブリッド・インフラモデル」を生み出す契機となっている。
この新しい潮流の核となるのが、「協働化モデル」と「政策連動」の戦略的な組み合わせである。秋田県能代市で経済産業省(METI)の政策と連携し、外国人材の獲得・定着支援で成果を上げたCOCOROモデルが示すように、地域課題の解決は、単なる民間の努力ではなく、行政のフレームワークに組み込まれることで、初めて持続性と信頼性を獲得する。これは、コスト削減と経営安定化において、大手が巨大な資本を投じる垂直統合戦略(例:リビングプラットフォームによる茨城県つくば市での農地所有適格法人「アグリプラットフォーム茨城」設立による基幹食材の内製化)とは対照的であり、資本力を持たない中小事業者がネットワークの力で規模の経済を獲得するための唯一の道であると言える。
次に、この協働ネットワークに必須の要素が「デジタル効率化(DX)」と「ダイバーシティ戦略」である。介護現場の事務負担は極めて重く、煩雑な書類作成や介護報酬算定、運営指導への対応といった「制度的な高度事務」に多くの時間が割かれている。これに対し、AIを活用したワンストップ文書管理システムや、専門家の知見を組み込んだAIハイブリッド法定研修システムは、事務工数を大幅に削減し、運営指導で「指摘ゼロ」を実現する水準のコンプライアンスを自動で担保するソリューションとして登場している。特に、多言語チャットボットによる介護報酬算定のFAQ対応は、現場の職員や管理者が法令の根拠を瞬時に把握することを可能にし、意思決定の速度を劇的に向上させる。
そして、人手不足の解決において不可欠な外国人材戦略は、単なる労働力の確保に留まらない。フィリピン特定技能「介護」人材は、母国での専門教育と、政府機関による厳格な送り出し制度に裏打ちされた高い定着率と専門性を持つが、彼らの力を最大限に引き出すには、現場の多文化共生環境の整備が必須である。多言語AIマニュアルやSOGI対応を含む多様性経営コンサルティングは、異文化間の摩擦を低減し、高い定着率(90%以上の目標水準)を実現するための生命線となる。このハイブリッドモデルは、最終的に「地域の人事部支援事業」といった国の政策と連携し、行政からの委託事業費を収益源の一部とすることで、単なる民間ビジネスではなく、地域社会の介護インフラを担う公的な地位を確立することを目指すのである。
日本の介護の最前線は、倒産の危機を乗り越え、ネットワーク、AI、多様な人材、そして政策の力を組み合わせた、レジリエンスに富む新しい経営の形へと、今、大きく構造転換している最中である。
小濱 道博
こはま・みちひろ/介護経営コンサルタントとして、全国各地で介護事業全般の経営支援、コンプライアンス支援に 特化した活動を行う。2009年にC-MAS 介護事業経営研究会の立ち上げに関与。 税理士、社労士など200を超す専門士業事務所との全国ネットワーク網を構築し、 国内全域の介護事業経営者へのリアルタイムな情報提供と介護事業経営の支援活動を行う。 介護経営セミナーの講演実績は、全国で年間300件以上。 書籍の大部分はAmazonの介護書籍で第一位を獲得。
