法人成りは法人設立届出書等に要注意<元国税調査官の告白 税務調査㊙ノートVol.26>
元国税調査官 税理士
松嶋 洋
2022/4/1
元国税調査官であり、現在は税務調査に特化したコンサルタントとして活躍する松嶋洋先生が、調査の論点となりやすい税法上の論点、税務調査への効果的な対応等について、法律、実務の両面から解説します。
※本記事は、会報誌『BIZUP Accounting Office Management Report』vol.101(2022.3)に掲載されたものです。
法人成りは法人設立届出書等に要注意
個人の事業所得者は、法人成りのタイミングで税務調査が実施されることが多くあります。法人成りをするということは、個人事業を廃止するということですので、国税の個人課税部門から法人課税部門に管理が移転することになります。こうなると、個人課税部門は税務調査の機会がなくなり面白くないので、最後の総決算として税務調査をしようとするからです。
このため、国税がどうやって法人成りを把握しているか、よく疑問を寄せられますが、これは大きく分けて二つあり、一つは個人の事業廃止届出です。事業廃止届出をご覧いただくと、「廃業の事由が法人の設立に伴うものである場合」という欄があり、細かく設立法人の情報を記載することになっています。
もう一つは法人設立届出書です。ここでは設立形態として、「個人企業を法人組織とした法人である場合」という欄があり、個人で申告していた所轄税務署とその税務署における整理番号を記載することが求められています。所轄税務署と整理番号が分かれば、国税の管理は非常に容易ですので、法人成りしたことをすぐに把握されることになります。
ところで、事業廃止届出書にしても、法人設立届出書にしても、その届出書に記載すべき内容は法律で決まっています。法律を読んでいただくと分かりますが、法人成りした事績などを書くことは以下の通り求められていません。言い換えれば、これらの事項については、国税が納税者に自発的な協力を求めているにすぎず、仮に記載がもれていたとしても、法律上の問題は生じないと考えられます。
所得税法施行規則98条(開業等の届出)
居住者又は非居住者は~事務所等~を~廃止した場合には~次に掲げる事項を記載した届出書を、納税地の所轄税務署長~に提出しなければならない。
一 その届出書を提出する者の氏名、住所~及び個人番号~並びに住所地~と納税地とが異なる場合には、その納税地
二 国内において新たに事業所得等を生ずべき事業を開始し、又はその事業所得等を生ずべき事業に係る事務所等を設け、若しくはその事務所等を移転し、若しくは廃止した旨及びその開始し、又はその事務所等を設け、若しくはその事務所等を移転し、若しくは廃止した年月日
三 国内において新たに事業所得等を生ずべき事業を開始した場合にはその事業所得等を生ずべき事業の概要
四 その事務所等の所在地~
五 その他参考となるべき事項
法人税法148条(内国普通法人等の設立の届出)
新たに設立された内国法人である普通法人又は協同組合等は、その設立の日以後二月以内に、次に掲げる事項を記載した届出書に定款の写しその他の財務省令で定める書類を添付し、これを納税地~の所轄税務署長に提出しなければならない。
一 その納税地
二 その事業の目的
三 その設立の日
このことを踏まえると、法人成りしたとしても、これらの届出書における法人成りに関する事項を空欄にしておいた方がいい、という結論になります。こうすれば、国税としても法人成りした事実をおいそれと把握できず、個人課税部門から税務調査される可能性を減らすことができると考えられます。
実務で意識することは多くありませんが、原則として申告書や届出書などは様式を国税庁が作成していることもあって、気づかないところで国税にとって都合のいい情報を入手するようなトラップが仕掛けられています。法律で義務付けられる記載事項は当然書くべきですが、それ以外のことは記載する必要はありません。このようなトラップに引っかかることのないよう、申告書や届出書の記載内容としてどこまで求められているか、法律を逐一参照することも重要になるのです。