親族外承継をパーフェクトに達成した好事例
職員から代表まで上り詰めた小嶋純一が明かす事業承継の真実 Vol.2

税理士法人中山会計 代表社員税理士社長 小嶋 純一
未経験から会計業界に飛び込み、親族外承継を経て中山会計の代表へ就任した小嶋純一先生。職員時代に培った現場感覚を活かし、主体性を持って業務に取り組む人材の育成に力を注いでいる。また、M&Aの支援にも積極的に取り組み、初めて試みた自事務所のM&Aでは失敗を経験したものの、そこから得た学びも多い。金沢という土地柄にフィットした経営姿勢とともに、“自然体”での持続的な成長を目指している。今回は、これまでの経験や人材育成への想い、M&A支援の取り組みや実体験についてお話を伺った。
M&A支援の入口は温泉旅館再生
事業承継のニーズを確信
ここからはM&Aに関してお話を伺います。
まずは小嶋先生がM&A支援に取り組みはじめたきっかけを教えてください。
私がM&A支援を始めたのは20年ほど前になります。当時、石川県には経営難に陥り、借金過多で立ち行かなくなった温泉旅館が数多くありました。これらを救うため、再生型のM&Aに取り組んだのが始まりです。週3回ほど現地に通って支援を行い、出口を見つけて立て直すまで携わりました。この経験を通じ、M&Aは今後、年齢を重ねた経営者の事業承継にも必要とされる需要のあるサービスになっていくことを確信しました。
実際に、最初の案件の後、すぐに同じエリアで似た案件の依頼が入り、その後も年間2件~6件程度を20年間コンスタントに対応してきました。当初は再生型の案件が多かったものの、時代とともに事業承継や若い経営者による成長型のM&Aが増え、現在は事業承継がメインになっています。
M&A業務にはどのような体制で対応されていますか?
現在、私を含めて5名のチームで対応しています。ただしM&A専属のスタッフはおらず、それぞれ本業を持ちながらM&Aにも関わっている形です。基本的には私が主にプレイヤーとして動き、他のメンバーにはアシスタントとしてサポートしてもらっています。
代表である私が直接対応することでクライアントの信頼を得やすいという利点もあります。さらに実際に事業承継を受けた経験者でもあるため、相談しやすく思ってもらえているはずです。

M&Aは良い話ばかりではない
顧客の過度な期待を防ぎ誠実に対応
確かに事業承継経験のある代表自らが対応してもらえると安心しますね。M&A支援をする上で重視している点は何でしょうか。
私自身はM&Aを必ずしもハッピーなものだとは思っていません。そのため、経営者の方には過度な期待を抱かせないようにしています。最近は営業活動が盛んで、経営者も「うちの会社って売れるらしい」「毎週オファーがあるから人気なのかも」と糠喜びしてしまうことがあります。実際にはそれほど良い話ばかりではないので、あまり期待しないよう伝えています。
さらに、経営者には「辞めたい時に辞めれば良いし、やりたいと思うところまで続ければ良い」とも伝えています。自分の会社なのだから、他人の都合に合わせて売る必要はないですよね。ただし、続けると決めたなら、終わり方への責任が生じますので、そのための準備は考えるよう促します。
M&Aを無理に勧めず、経営者が自分の意思で決められるように支援しているのですね。
自然と必要になる案件に対応すれば良いというスタンスで、積極的に進めてはいませんね。
他方、近年はデューデリジェンスのみを依頼されるケースが増えています。しかし、デューデリジェンスのみで対応した案件では、結果として多くのM&Aが破談になっています。
それはなぜ破談になってしまったのでしょうか?
仲介会社が強引に結びつけようとして、当事者の精査が甘いまま話が進んでしまっていたためです。いつまでに決めなければいけないとか、もう撤回できる段階ではないとか、急かしたりプレッシャーをかけたりして基本合意を結ばせた後、デューデリジェンスを形式的に進めるため、私たちがチェックすると問題点が次々と出てきます。結果として、この案件は進めるべきではないとお伝えするケースも多々あります。
結局、儲かる話として勧められる案件は、どこかで無理が生じたり、騙されていたりするケースが多いのです。当事務所はそれを正直に伝えるスタンスを貫いているので、仲介業者には「最後に邪魔してくる存在」として嫌われているかもしれません。
中山会計のM&Aが破談となった理由とは?
交渉過程で見えた課題と教訓
実際、貴事務所も進めていたM&Aを白紙に戻されましたが、そもそもM&Aを進めた理由を教えてください。

M&Aを進めた理由には4つの観点があります。
一つ目は、私自身がM&Aの世界にいる以上、一度実際に経験しておく必要があると思ったからです。もちろん今は事務所を売るつもりはありませんので、まずは買う側を経験しようと考えました。
二つ目はエリア展開の観点です。今回のお話は富山の事務所でしたが、実は最近、富山の金融機関やシステム会社などと仕事をすることが増えてきていました。「富山に事務所を出しても良いかな」と考えていたところ、ちょうどM&Aのお話があったのです。
三つ目は、他所の事務所の文化に触れることで弊所の長所や短所を見直したかったのです。中山会計は創業から57年経ちますが、他所がどのように運営しているか本質的な部分を知りません。採用や教育、営業の方法など、M&Aによってそれが内側から見られると考えたのです。
四つ目は採用の強化です。弊所の新卒採用には金沢大学や富山大学の学生が来てくれています。彼らの中には、富山出身で金沢大学に進学し、そのまま金沢で就職するケースや、逆のケースもあります。もし富山にも事務所があれば、富山で就職したい学生や将来的に地元に戻りたい学生にとって魅力的な選択肢となり、採用における一つの強みを得られると考えました。
今回のM&Aは、成功間近まで交渉が進んでいたそうですね。
最終的に破談となった理由は何でしょうか。
引継ぎ期間の条件が合わなかったためです。引き継ぎ期間中、こちらが想定していた条件に対して、先方の要求が予想以上に高まっていきました。話し合いの当初に提示していた条件を翻し、期日が近づくにつれて「あれをこうしたい」「これも追加したい」と、どんどん要求が積み重なっていったのです。
その時点で交渉の雲行きは怪しく、険悪な雰囲気にもなっていましたが、私の方ではすべて受け入れ、話を進めてほしいと伝えました。これは単なる妥協ではなく、前に進むための決断でした。その場でこちらが強く出ても、不信感が生まれ、いっそうこじれるだけだと思ったのです。お金や条件面の譲歩で話が進むなら、それで良いと考えました。しかし、それでも話し合いはまとまらず、最終的には破談となってしまいました。
交渉を進める中で得られた教訓や、今後に活かせるポイントは何でしょうか?
妥協してでも話を進める姿勢を貫けたのは、自信になりました。普段クライアントの交渉を見ていると、権利を主張するより譲歩すべきだと感じるシーンも多いのですが、当事者として直面した時に理想通り動けるだろうか、とは思っていました。
結果として合意には至りませんでしたが、話をまとめるための妥協という点では、客観的にも適切な判断をして進められたと思います。「損して得取れ」というか、金沢弁で言うところの「まあ、いいがいね(いいじゃないか)」という感覚で挑めました。

やはり、実体験することでしかわからない部分がありますね。今後もM&Aに挑戦するのでしょうか?
現時点で次の計画はありませんが、M&Aは縁で決まることも多いので、新しい話が持ち上がれば前向きに検討するつもりです。
M&Aは、単一の事務所が成長していくのとは異なる経験をもたらしてくれると思っています。想定外のステップで成長したり、あるいは失敗したりする可能性がありますが、どちらに転んでも大きな学びがあり、事務所にとってプラスになるはずです。また今回、M&Aには至りませんでしたが、それでも自ら挑戦し、経験したことは大きな財産ですし、今後はお客様によりリアルな提案や助言ができるようになると考えています。
金沢での成功理由は「自然体・金沢らしさ」
数字は追い求めず成長も「自然」を継続
金沢という地方都市で事業が成功している要因をどう分析していますか?
自然体で、金沢の土地柄に合った運営ができているからでしょうか。
私は金沢をセンスのいい街だと思っています。他の都市で例えれば、横浜や神戸のような、派手過ぎず洗練された雰囲気があるのではないかと。弊所も会計業界において、そのような好感度の高い立ち位置を目指しています。
例えば、全職員が秘書検定2級を取得しているのもその一環です。一人ひとりの礼儀正しさや品のある振る舞いが事務所の好印象につながり、トータルで「金沢らしさ」を形作っているのだと思います。
成長戦略についてお聞きします。売上や顧客数などの目標はありますか?
数値目標は掲げていません。私が望んでいるのは、若い職員たちが成長して、いつか私を超える存在になること、そして協力しあう関係であり続けることです。
売上や担当件数、職員数など、さまざまな指標を追い求めていた時期もありましたが、今は考え方が変わりました。もちろん数字を上げていく必要はあるのですが、第一の目標として追い求めるのではなく、自然体で進むことを優先させたいと思います。人が増えれば担当件数も増え、自然と成長するでしょう。今いる職員に無理をさせてまで急成長したいとは考えていません。


数値目標よりも、職員の成長と協力を重視しているのですね。最後に、会計業界の今後についての考えをお聞かせください。
会計業界の仕事は、人に寄り添って社会に貢献できる、意義深くやりがいのある仕事です。私たちはその魅力を若い世代に伝えていく必要があります。すでに学生に向けて会計業界の仕事内容を伝えるプロジェクトを実行していますが、今後さらに充実させ、より多くの若い世代に業界の魅力を届けていきたいと思っています。
また、地域間の連携も今後さらに重要になると思っています。他地域の事務所と協力しながら、業界全体の認知や価値を高めていきたいですね。そのために、若い世代の採用と育成にも力を入れ、会計業界をより魅力的なものにしていくつもりです。
貴重なお話、ありがとうございました。
プロフィール |
---|
税理士法人中山会計 代表社員税理士社長 小嶋 純一
横浜国立大学卒業。現在税理士法人中山会計にて三代目代表社員税理士社長を務める。相談しやすさ№1 を体現する税理士として自社の経営の実践並びにお客様の経営のサポートを兼務。 M&Aスペシャリスト及びM&Aシニアエキスパートの資格を有し、事業承継の出口をサポートするコンサルティングを 18 年来推進。税理士ならではの組織再編支援も積極的に行っている。 中小零細企業のM&Aに特化。中小零細企業特有の課題を熟知しており教科書には載っていない勘所を武器に年間5-6件をコンスタントに成約している。 現在、日本経営管理協会北陸支会副支会長及び石川県支部支部長、日本M&A協会北陸支部副支部長、石川県サッカー協会監事を務める。北陸学院大学非常勤講師。 |