スタッフ0人で70社を回す税理士は、Claude Codeで何を変えたのか
〜700万インプレッションを呼んだ自動化の裏側に迫る〜

畠山謙人税理士事務所 公認会計士・税理士 畠山 謙人
「スタッフ0人の税理士が、Claude Codeで顧問先60社を1人で回している全手法」という
Xの長文ポストが300万インプレッションを超え、
シリーズ累計では約700万インプレッションまで伸びて大反響を呼びました。
今多くの方の注目を浴びていますが、まずは、畠山先生の事務所の体制について教えてください。
私は、いわゆる「1人税理士」として個人で活動しています。クライアント数は、Xやnoteに投稿した時点では60社だったのですが、現在は約70社になりました。とても70社のお客様を私1人では処理しきれないので、現在はClaude Codeを使って日常業務を自動化しています。朝、私がパソコンの前に座る頃には、その日の仕訳はあらかた終わっており、残っているのは、どうしても人間の判断が必要なものが顧問先ごとに数件あるだけ。私はその「人の判断が必要なもの」だけをサッと検討して、ポチッと処理を進める。

極めてシンプルに言えば、いまはそういう体制になっています。まだ「100%完璧な自動化」とまでは言えませんが、かなりの部分で理想的な領域に近づいていますね。この仕組みを構築してからは、私が画面の前で手を動かす時間は目に見えて減りました。記帳代行や月次の数字チェックといった実務は、いまやほぼ私の手から離れています。
操作が減ったというのは、具体的にはどのくらいの規模感(インパクト)ですか?
「70社を1人で回す」というのは、業界の常識から考えると、なかなか厳しい数字だと思うのですが。
普通に考えたら難しいですよね。私も最初はそう思っていました。会計業界の一般的な感覚値だと、スタッフを1人雇って担当できるのは20社から30社あたりと言われることが多いですから、1人税理士で70社というのは本来、非現実的な数字かもしれません。仮にマンパワーだけで対応しようとすれば、夜中まで猛烈に仕事をするか、サービスの品質をどこかで落とすか、何かしらを犠牲にしなければならないはずです。ですが、私は毎日17時に仕事を終えています。だからといって早朝から働いているわけでもなく、ごく通常の労働時間内で70社が無理なく回っている状態です。「人を雇って事務所の規模を伸ばす」のとは、少し違う伸ばし方をしている、というイメージですね。
その「少し違う伸ばし方」は、
いきなりClaude Codeのようなツールを導入して始まったわけではないと思います。
前提として、畠山先生の確固たるスタンス(経営方針)があって、
その上に自動化の仕組みが乗っている、という順序ですよね。
まずは、事務所運営のスタンスから聞かせてください。
そうですね。技術的な話よりも先にそこを押さえていただいた方が、なぜ自動化が機能しているのか、話が通じやすいと思います。
まず大前提として、私は「感覚が合うクライアント」としか付き合わない、と完全に決めています。具体的に言うと、「すべてのやり取りを電子で完結させたい方」、しかも「電話を好まない方」です。私自身、基本的には電話に出ません。やり取りはメールやチャットで済ませたいし、むしろその方が効率的で良い――そう合理的に考えられる経営者だけを相手にしています。
noteの記事などでは「寄り添わない」という表現をされていますね。
響きはきついですが、要は「型に合うクライアントとだけ仕事をする」ということですよね。
その通りです。少し強い言い方になりますが、「クライアントのレガシーな業務フローにすべてこちらが合わせて消耗する、ということはしない」という意味合いです。
たとえば、「領収書やレシートは紙で送りたい」「連絡は電話がいい」といった会社に一社ずつ合わせていくと、その都度、せっかく構築した自動化のラインから外れていくことになります。それが1社、2社と続けば、結局はすべてが個別対応になり、元のアナログな会計事務所に逆戻りしてしまうのです。
要件に合致しないお客様は受けず、例外も一切認めない、という訳ですね。
そういうことです。ただ、これには当然デメリットもあります。
このように“要件ベース”だけでお付き合いしていると、経営者の方がみずから「これは税理士に相談が必要だ」と気づかないかぎり、新しい相談や案件は生まれてきません。頻繁に顔を合わせていれば、雑談の中やオフィスの雰囲気から「何か困りごとはないか」と察して、こちらから提案できることもありますよね。ですが、そこは「はっきり捨てている部分」です。これまで従来の税理士が価値としてきたことの、ある意味で真逆をやっている、という自覚は強く持っています。
そのようなデメリットを飲み込んででも、効率化を徹底するのはなぜですか。
密に対応しようとすると、どうしても1社あたりに割く時間が増えてしまいます。そうなると、その時間に見合うだけの高い報酬をいただかなければ、経営が成り立ちません。結果として、相応の顧問料を支払える成熟した中小企業やクリニックなどをターゲットにせざるを得なくなる。これは、従来の会計業界の流れとしては必然だったと思います。しかしその一方で、これから起業しようとしている人たちが「予算に合う税理士が見つからない」という状況が、いま確実に生まれています。私は、自動化によって自分のコストを下げることで、起業初期の層を積極的に引き受けています。業界全体で見れば、税理士がカバーしきれていない領域の受け皿として、多少はお役に立てているのではないかと考えています。
スタンスが先にあって、その上にClaude Codeが乗っている、という意味がよくわかりました。
では、その自動化の仕組みについて、もう少し具体的にうかがいます。
「Claude Codeを介してつないでいる」と言われても、
なかなか理解が追いつかない読者も多いと思います。
何と何がつながっているのか、噛み砕いて教えてください。
これは、人から聞かれることが多いわりには、お答えすると拍子抜けされることが多いのですが、つないでいるツール自体は意外なほどシンプルです。軸になっているのは、クラウド会計の「freee」と「マネーフォワード」。これに「Google ワークスペース」と「Notion」を加えた4つで、私が使っているのはほぼこれだけです。この4つのツールを「MCP(Model Context Protocol)」という仕組みを使ってClaude Codeと連携させています。
MCPというのは、AIが各サービスのデータを読みに行ったり、書き込んだりできるようにするための、いわば「共通の接続口」のようなものです。これがあるおかげで、私が画面を操作しなくても、AIが裏側で自動的にfreeeやNotionのデータをやり取りしてくれます。
具体的な流れとしては、まずクラウド会計に銀行口座が連携されているので、お金の出入り(入出金記録)はこちらが何もしなくても自動で入ってきます。そこからがClaudeの出番です。Claudeがその入出金記録の内容を読み取り、過去の仕訳データと照らし合わせ、最適な仕訳を判断して会計ソフト側へ自動で入力していく、という仕組みです。
その仕訳を立てる部分について、AIはどうやって「これはこの勘定科目だ」と判断しているのですか。
さすがに、AIの学習データだけでやみくもに当てにいっているわけではないと思うのですが。
そこは「二段構え」の仕組みにしています。まず一段目は、AIに思考させず、ルール通りに機械的な処理を行わせるフェーズです。私がこれまでの実務経験から作成した独自の対応リストをベースに、「摘要にこのキーワードが入っていたら、この勘定科目にする」という指示をAIに与えています。取引の説明文にその言葉が見つかれば、AIは頭を使わずにルール通りそのまま仕訳を確定させます。定型処理はこれで一瞬で終わります。そして、このルールだけで判定できなかったイレギュラーな取引だけを、二段目に回します。ここで初めて、AIに「この未分類の取引は、過去の傾向から見てどう処理すべきか」を判断してもらうのです。なぜわざわざ分けているかというと、毎月発生するような定型取引まで、いちいちAIに推論させる必要がないからです。よくあるものは自作のルール通りにAIにサクッと処理させ、判断に迷うものだけをAIの思考に委ねる。このアプローチの方が処理スピードも圧倒的に速いですし、AIの出力がぶれるリスクも最小限に抑えられます。
最後的にはやはり先生が確認するのですか。
そうですね。上記のような“二段階”処理で完結しなかったものや、意図的に判断を保留するよう指示しているものにぶつかった場合は、私にSlackで「未完了処理」として通知をしてくれます。それを私がチェックし、最終的に確定させる。そのような流れです。
ツールのお話に戻りますが、
クラウド会計は「freee」と「マネーフォワード」の両方を使われているのですね。
通常はどちらか一方に統一した方が効率的だと思うのですが、なぜ両方に対応できるのでしょうか?
クライアントが元々どちらかを使っているケースが多いので、そこは相手に合わせています。統一しなくても回る理由は、先ほどお話しした「MCP」という共通の接続口を使っているからです。AI側から見れば、freeeであってもマネーフォワードであってもデータの読み書きをする仕組みは全く同じ。人間のように「画面の仕様が変わって迷う」ということがないので、わざわざ一方に絞る必要がありません。もちろん、複数ソフトが混在すると「データが混ざるのでは」という心配もあると思いますが、顧問先ごとのデータはシステム側で「ID」によって完全に隔離されています。厳密にパッキングされているため、A社の取引データがB社に混ざってしまうようなリスクは根本から排除されています。
なるほど、内側の管理はIDで完璧に分離されているわけですね。
ただ技術の話でもう一点気になるのが、やはり外部との連携における「セキュリティ」です。
顧問先の重要データを扱う以上、AI(外部)につなぐことには怖さもあると思うのですが。
そこは、むしろ「つなぎすぎない」ことを徹底的に意識しています。便利だからといって、あれもこれも連携させていくと、攻撃を受ける入り口が増えてしまいます。私自身、Googleワークスペースの中でGmailもつないでいるのですが、メールの連携は外した方がよいと思い始めています。メールは知らない相手からでも届いてしまうため、そこがリスクの入り口になり得る。つなげる先は、絞れるだけ絞っておいた方がよいという考え方です。
また、データの渡し方も、すべてをAI側に投げているわけではありません。手元のパソコン(ローカル環境)の中で処理できることは手元で済ませ、AIに判断してもらう必要がある「最小限の部分」だけを外に渡す。そのときも、個人名や口座番号のような重要情報は事前に伏せた状態で渡すようにしています。
会計データを丸ごと外部に流すということは、税理士として絶対にやってはいけないこと。システムの内側はIDで完全隔離し、外側に対しては「最小限の接続」と「情報の秘匿」を徹底する。この二段構えのセキュリティがあって初めて、1人で70社を安全に回せる体制が成り立っています。
ここまでは「何をやっているか」という手法を伺ってきましたが、
これを他の税理士事務所が導入した場合、同じように回せるものなのでしょうか。
「スタッフは10人いるけれど、そんなにドラスティックな業務改善ができる気がしない」と
感じている所長は多いと思います。
これは、なかなか一筋縄ではいかない難しいところです。結論から言うと、ツールや技術だけを持っていっても、おそらく上手く回らないと考えています。再現性を左右するボトルネックが、大きく分けて3つあるからです。
1つ目は、「現状の業務を洗い出して理解する力」です。効率化を進めるには業務フローそのものを変革する必要がありますが、いま自社の業務がどう流れているのかを正確に把握できていなければ、どこをどう変えればよいのか見えてきません。
2つ目は、「ITリテラシー」です。新しいITツールを自分たちの仕事に組み込んでいく――それに抵抗のない方であれば、私が公開している仕組みをそのまま自社用にカスタマイズして、すぐに稼働させられると思います。
そして3つ目が、「組織化されている事務所ならではの壁」です。いまご紹介した仕組みは、良くも悪くも「自分しかいない1人税理士」だからこそ、何のハードルもなく実現できている側面があります。これを組織化された事務所にそのまま導入しようとすると、確実に「アクセス権限」の壁にぶつかります。1人事務所であれば自分以外の人間がいないため、閲覧制限という概念自体が存在しません。しかし組織となれば、ガバナンスやセキュリティを維持するために「担当者ごとに閲覧できる顧問先の範囲を制限する」という大前提が不可欠です。そのため、「ある権限以上の管理職にはシステムに直接アクセスして例外処理をしてもらい、一般スタッフには担当外のデータに触れさせないよう、チャット経由の限定的なやり取りだけで完結してもらう」といった、組織の階層に応じた緻密なワークフロー設計が絶対に必要になります。組織として安全に運用するためのこうした設計は、私の中でもまだ明確に確立できているわけではありません。そこが、このシステムを組織へスケールさせる上での「現状の足りないピース」だと感じています。
システム面における権限の壁もさることながら、組織化するとなると、
もう一つ「人」に関する極めてセンシティブな問題が浮上してきますよね。
たとえば、記帳の自動化が劇的に進むと、
これまで記帳を担当していたスタッフの業務量は確実に減っていきます。
このドラスティックな変化に、所長先生はどう向き合えばいいのでしょうか。
記帳スタッフの手は確実に空きますよね。ここで先生方が考えるべきは、「仕事がなくなったから雇用を切る」という安易な選択ではなく、「人材の再配置」ができるかどうかだと思っています。せっかく自社に在籍している戦力ですから、時代に合わせた必要な教育をした上で、新しいポジションに配置して再び輝かせられるか。たとえば、これまで入力担当をしていた方が、今度は「AIに対して指示を出し、その出来栄えを点検・修正する」役割に回る。いわば、AIという部下を持つ上司のような働き方にシフトできるかどうかです。そこへ導くことができなければ、確かに彼らの仕事はなくなってしまいます。
スタッフには、AIに代替されない「人間ならではの高付加価値な仕事」へ
シフトしてもらう必要がある、と。
しかし、この「高付加価値化」の必要性は、何年も前から業界内で叫ばれ続けながら、
実際にはなかなか進んでこなかった歴史があります。
そうですね。これまでは「高付加価値化」と言われても、目の前の膨大な記帳や申告実務で手一杯になり、誰も腰を据えてクライアントとじっくり話す時間が取れていなかったのが本音だと思います。実態としては、日々の記帳代行と申告書作成に「時間が溶けていた」という事務所が大半ではないでしょうか。だからこそ、その「時間が溶ける単純作業の部分」をAIに丸ごと渡せることに大きな意味があります。ここで初めて、人間が本当にやりたかった「経営支援」にリソースを伸ばすことができる。業界が長年変えられなかった構造を変える鍵が、まさにここにあると考えています。
もう一つ、少し意地悪な聞き方をさせてください。
AIでどれだけ業務を効率化したとしても、
その成果は売上、つまり損益計算書(P/L)には直接出てきにくいですよね。
ある上場企業が「AI活用で提案書の作成時間を2時間から5分に短縮した」と発表していましたが、
一方で売上や利益は横ばいでした。投資家の目線で見ると、
「これだけ効率化したはずなのに、どういうことか」と疑問が残ってしまいます。
そうなのです。これは経営において、非常に重要な論点だと思っています。
AI活用の効果を損益計算書ですぐに目に見える形にしようとすると、結局は人件費などの固定費を削るか、外注を切るしかありません。逆に言えば、それくらいしかP/Lの数字としては動きにくい。かといって、「AIで記帳が速くなったから即座に売上が増える」というような直接の因果関係も、基本的には出てきません。ですから、AI活用の成果は財務諸表ではなく、あくまで「管理会計」の側で測るべきだ、というのが今の私の答えです。具体的には、「1人あたり何社の顧問先を担当できるようになったか」「月次の締めが何日早くなったか」といった、内部の生産性指標で評価することが大切なのではないでしょうか。
AI導入をただの「ポーズ」で終わらせず、実質的な生産性を引き上げていく。これは会計事務所の経営も全く同じです。生産性を向上させる取り組みに向き合わないことは、いずれ「経営の怠慢」とみなされる。この業界でも、遠からずそのような時代が来ると確信しています。
少し話題が変わりますが、畠山先生ご自身、生成AIを徹底的に使い倒している側だと思います。
そのリアルな実感として、「これはまだAIに代替されない」と感じている領域はどこですか。
一言で言えば、「判断」と「その判断に責任を持つこと」ですね。たとえば、ある支出を交際費にするか、あるいは会議費にするか。AIは過去のデータから選択肢を並べてくれますし、根拠となる条文や通達も一瞬で持ってきてくれます。ですが、最後に「今回はこのスキームでいく」と腹を括って決断し、将来の税務調査で体を張ってクライアントを守りに行く。これは税理士という人間にしかできない仕事です。それから、会社の置かれた状況を踏まえた「助言のタイミング」もそうです。「数字のうえではこの選択が最適です」というロジックまでは、AIが出してくれます。ただ、その選択を「経営状況や社長の心情を鑑みて、本当に今勧めるべきかどうか」という判断は、AIにはまだ不可能です。選択肢を作るのはAIですが、決断し、責任を背負うのは人間。この領域こそが、今後も人間の側に残り続ける絶対的な価値だと確信しています。
その「人間は判断に集中し、実務はAIに任せる」というスタンスは、
ご自身の新しい取り組みにも活かされているそうですね。
今回、AIを駆使して本を1冊執筆されたと伺いました。
そうですね。今回Xで話題になった内容をベースに、本を1冊出版することになりました。その原稿も、実はかなりの部分をAIを使って執筆しています。具体的には、まずAIに下書きを作らせ、それを「別のAI」に厳しく評価させる、というアプローチを取りました。「読者の役に立つかという観点で厳しく指摘してほしい」と頼むと、書き直しが必要なレベルの鋭いフィードバックをしっかりと返してくれます。やってみて痛感したのは、本の執筆をもし私1人でやろうとすれば、土日や夜中を潰すことになり、いまの忙しさでは到底無理だったということです。まさに「AIがあって初めて成立した仕事」でした。出版社にも、AIを使うことは事前に伝えて了承をいただいています。昨年あたりまでは「AIを使ってほしくない」という出版社もありましたから、時代も大きく変わってきたと感じています。
今回の畠山先生のバズをきっかけに、AIへの関心は間違いなく高まっています。
最前線を走る先生から見て、いまの会計業界全体の
「AIに対するリアルな動きや温度感」はどのように映っていますか?
正直に申し上げると、表面的な盛り上がりとは裏腹に、「現場はまだほとんど動いていない」というのが私の印象です。私の投稿が累計700万インプレッションを超え、セミナー登壇の依頼も増えているため、自分の周りだけを見ていると「業界全体がAIシフトに向けて動き始めた」と錯覚しそうになります。ですが、一歩リアルな現場に行くと全くそんなことはありません。AI以前に、クラウド会計の導入すらまだこれから、という事務所が大多数なのが実情です。例えるなら、「赤信号、みんなで渡れば怖くない」という状態でしょうか。「周りもまだやっていないから、うちも止まったままで大丈夫だ」と、足並みが揃っていることに安心しているように見えます。
ただ、水面下で着実にAI化を進めている事務所との差は、ここから確実に開いていきます。しかもその差の開き方は、なだらかな直線ではなく、ある時を境に爆発的に格差が広がる「非線形」の動きになるはずです。これまでの業界の競争は、「スタッフを1人雇えば、対応できる顧問先が30社増える」というような、労働集約型の線形な競争でした。しかし、AIで武装した事務所は、1人で70社、100社と回り始める。人を増やすコストが乗らないため、価格面でも圧倒的に優位に立てます。周囲が「みんなで止まっていれば怖くない」と安心しているうちに、気づいた時には動いていた事務所に顧問先をすべて奪われていた――。そんなパラダイムシフトは、十分に起こり得ると感じています。

今後、会計事務所の「高付加価値業務」と呼ばれる高度な領域にまで
AIが浸透していくと思いますが、
具体的に実務や税理士の役割はどのように変化していくのでしょうか。
これは私の持論ですが、高付加価値業務こそ、AIの活用が最も面白い領域になると考えています。組織再編やM&A、相続・事業承継対策、国際税務といった領域は、過去の判例や通達、条文に加えて、顧問先ごとの固有の事情を網羅して判断する高度な仕事です。私自身、組織再編の税務が専門というわけではありませんが、今や「どのスキームが最適か」という比較検討を、AIがWord文書に高精度でまとめてくれるレベルにまで達しています。一見すると、非常に確からしいアウトプットが瞬時に出てくるのです。このような領域にAIが導入されれば、リサーチのスピードは一気に加速します。これまで、たとえば相続税に強い税理士の強みは「情報量」と「経験」だとされてきましたが、このうち「調べればわかる部分」、つまり情報量については、AIで十分に補完できるようになります。ですから、「単純業務をAIに奪われる」という後ろ向きな議論ではなく、「高付加価値業務こそAIで武装する」。これこそが、今後の会計事務所に求められる本質的な姿勢ではないでしょうか。
では、最後に畠山先生ご自身の今後の展望をお聞かせください。
1人事務所で70社という体制は、ひとつの完成形に近いと思います。
次に何を目指されているのでしょうか。
税理士業界のDX化を後押しする新事業を立ち上げたいと考えています。私が自分の事務所で構築してきた自動化の仕組みを、他の事務所や事業会社のバックオフィスへ横展開していくビジネスです。実際、いま声をかけてくださる方々を見ると、税理士事務所の所長先生だけでなく、上場企業の経理部長、スタートアップのCFOなど、業種も規模もバラバラです。ただ、全員に共通しているのは、「自社の業務効率の悪さを、本人たちが薄々感じている」という危機感ですね。
税理士業務そのものを拡大するのではなく、そこで得た知見や仕組みを
「横展開する新事業」としてスケールさせていくわけですね。
そうですね。私がやってきた税務の仕事は、もともと「仕組みさえ作れば、誰がやっても代替可能なものだ」と思っていました。ですから、私にしかできない「業界全体のDX化を進める仕事」に価値があるなら、今後はそちらに注力していきたい、というのがいまの考えです。
なるほど。実際、そうした先生の新しい取り組みに対して、
周囲からはどのような相談や悩みが寄せられているのでしょうか。
最も多いのは、「自分の事務所でも、先生の仕組みが本当に実現できますか」という切実な声です。所長自身は興味もあるし、やる気もある。ただ、「現場のスタッフが付いてこないのではないか」「無理に変えようとすると辞めてしまうのではないか」という、マネジメント側の強い不安を抱えている方が本当に多いです。その質問に対して私がいつもお答えしているのは、「最初から全員が付いてくる必要はまったくない」ということです。まずは所長先生が自ら触って、小さな効果を1つでもスタッフに見せる。そうすると、興味のあるスタッフから順番に「それ、自分も触ってみたいです」と自主的に動き始めます。半年も経てば、何割かは確実に動いている――そういう感覚です。これは、かつてExcelが事務所に入ってきたときも、クラウド会計が入ってきたときも全く同じ流れだったはずです。最初は誰も触らないけれど、一部のスタッフが触り始め、気づいたらそれが業界の「標準」になっている。AIも、これと全く同じステップを踏むと思います。ですから、怖がる必要も、急ぐ必要もありません。ただ、「トップがまず自ら触らないと、何も始まらない」ということだけは、はっきりと言えますね。
「所長がまず触らないと始まらない」。これからのDXの成否を分ける、本質的な一言ですね。
長時間にわたり、貴重なお話をありがとうございました。
| プロフィール |
|---|
|
