新型コロナ禍、能登半島地震の教訓を生かして 福井のトップランナー 日本綜研が 「多角化経営」を進める理由とは?

税理士法人 日本綜研 理事長・公認会計士・税理士 岡田 芳明 先生/副理事長・公認会計士・税理士 岡田 皐輝 先生 × 株式会社ビズアップ総研 代表取締役社長・税理士 吉岡 高広

グループ全体の売上高約31億円、福井県内最大の会計事務所として、現在約2,700の企業・個人を支援する税理士法人 日本綜研。現在は岡田芳明理事長と、そのご子息である岡田皐輝副理事長がタッグを組み、時代の変化に対応すべく大変革を進めている。その代表的な取り組みのひとつが「事業の多角化」だ。税務・会計業務から派生する事業のみならず、「医療に強い」という武器を生かして、現在3つの医療法人をグループの傘下に収めて着実に成長を続けている。また、北陸新幹線の開業を機に思い切った拠点展開を進め、対応エリアを積極的に拡大しているのも特徴的だ。今回のマネジメントビジョンでは、そんな日本綜研の経営戦略についておふたりにお話を伺った。

医療を武器に、
福井県内最大級の事務所へと成長

吉岡高広(以下吉岡):まずは、事務所の歴史を簡単に教えてください。

岡田芳明先生(以下芳明):弊所は、1958年に私の父である岡田繁が福井市で開業した事務所です。それを私が1992年に岡田芳明公認会計士・税理士事務所として承継しました。父から受け継いだ当時はスタッフ3名、売上3,000万円ほどの、よくある街の会計事務所でした。実は、父の代から勤務している男性スタッフが現在も在籍しており、今年の3月で勤続60年を迎えます。長い間、いわゆる番頭さんとして勤務してくださり、本当に頼りにさせていただきました。その後、2007年に、現在の日本綜研として税理士法人化しました。現在の顧問先数は、富山、石川、福井の3県で約2,300件、首都圏に約400件ほどです。

吉岡:芳明先生は新日本監査法人(現・EY新日本有限責任監査法人)の代表社員も務められていたとか。

芳明:はい。かつて監査法人の代表社員や、北陸大学で専任教授も務めていました。分刻みのスケジュールで動いても時間が足りない、本当に慌ただしい日々だったことを覚えています。

吉岡:とにかくお忙しい日々だったのではないかと想像しますが、それでも監査法人に在籍し続けたのはどうしてですか。

芳明:私自身の特性かもしれませんが、ひとつのことに集中するより、いろいろなことに取り組んでいる方が成果が出せるタイプだったことが大きいです。監査法人では、日本を背負っているような上場企業の数字を見ることができますが、かたや税理士事務所では、地域経済を支える中小・零細企業の数字を見ることができます。さまざまな規模や観点から企業というものを概観できたことが、私自身の仕事にもプラスに作用したのだと思います。それから、私は昔から次世代の教育に非常に興味があったので、大学の教員のお話をいただいた際は、ふたつ返事でお引き受けしました。

吉岡:本当に多才でいらっしゃいますね。さて、1992年にお父様から事務所を引き継がれたわけですが、そこからどうやって現在の規模まで拡大することができたのでしょうか。

芳明:事務所を継いでまず取り組んだのが、医療でした。当時はまだ医療を専門とする事務所が少なかったため、そこに目をつけたのです。それにドクターの方々は、医師会や出身大学等で横のつながりも強いですから、いったん入り込むことさえできれば、そこからは一点突破で順調に拡大することができました。私が2足、3足の草鞋でも事務所をうまく成長させられたのは、まさにこの医療分野への取り組みのおかげです。現在では、福井県の医師会で顧問をさせていただいていますし、石川県の医療系大学で教鞭を執らせていただいたこともあります。

吉岡:どうして医療分野に参入されたのですか。多くの医療に強い事務所は、1985年の第一次医療法改正直後、
一人医師医療法人の解禁を契機に先行参入し、ポジションを確立してきた経緯があります。その流れにうまく乗ることができた、ということでしょうか。

芳明:おっしゃる通りです。90年台はまさに黄金時代でした。当時は開業ラッシュの状況でしたから、ドクター同士でたくさんのお客様をご紹介いただきましたし、医療品卸やディーラー、金融機関など、本当にいろいろなところで講演をさせていただきました。特に大手の銀行、証券・保険会社で講演をしたことで、優良なお客様から声がかかるようになり、この時期に大きく事業を拡大することができました。
 ただ、医療に取り組んだ理由はそれだけではありません。地方には、富裕層といえばドクターかオーナー経営者、地主さんくらいしかいらっしゃらないので、自ずとそこからターゲットを選ばなければならないのですが、個人的に「いちばんお話がしやすいな」と思ったのがドクターだったのです。よく「ドクターは接しづらい」という声もお聞きしますが、論理的に説明すればきちんと理解してくださるので、私にはとても合っていました。

3つの医療法人をM&Aで取得し、
経営に参画

吉岡:医療に強い事務所としてポジションを確立されたわけですが、現在では傘下に医療法人もございますね。こちらはM&Aをされたのですか。

芳明:16年前、ちょうどリーマンショックの頃にM&Aをした先です。創業ドクターが後継者不在で悩まれていたため、当時、国内系投資ファンドが受け入れ先を探していました。私もマッチングのお手伝いをしていたのですが、当時はリーマンショックの真っ只中でしたから、社会全体がM&Aに対して消極的になっていたのです。結局、お相手が見つからなかったため、私が買い取ることにしました。

吉岡:最近では、企業をM&Aして経営に参画し、専門家としての目線で立て直しを行うケースも増えてきているように思います。特に公認会計士の先生はそのような取り組みに積極的ですが、そうした動きを早くからなさっていたのですね。

芳明:会計や税務は、経営の“結果”です。税務申告だけでなく、来期の事業予測をし、経営に役立つ情報を提供する事務所も増えていますが、残念ながら、それでも“入り口”と“出口”を支援しているに過ぎず、経営において最も重要な中間プロセスに対する支援が抜け落ちてしまっています。私は、その中間プロセスの部分、まさに経営のコアとなる部分を支援したいと、予てより考えていました。会計や税務を支援する会計事務所は、プロスポーツの世界で言えば、選手を周囲で支援するサポーターですが、私は直接プレイヤーになりたかったのです。それが、マッチング先の不在という消極的な理由だったとはいえ、実現することができて本当に良かったです。

吉岡:たくさんの事務所様を取材させていただきましたが、実際に事業会社などの経営を手掛けることが、母体である会計事務所の成長につながっているケースは非常に多いです。

芳明:ポテンシャルの高い先生方は、税務や会計という枠に物足りなさを感じ、自ずとはみ出してしまうのだと思います。また、公認会計士という括りで言うと、監査法人で会計士としての生涯を終える方々が圧倒的に多いのですが、そこからスピンアウトしていくような方々は、もしかしたらそうした感度が高いのかもしれませんね。

吉岡:税理士も、今後は経営に対する感度を磨いていくことが重要になるのかもしれません。ところで、差し支えなければ教えていただきたいのですが、医療法人はどのくらいの価額でM&Aされたのでしょうか。それから、M&Aの際に芳明先生が気をつけていらっしゃるポイントを教えてください。

芳明:10億円を少し欠ける程度でした。経営状況はとても良く、地元での評判も上々だったのですが、ちょうど買収したのがリーマンショックの最中だったので、いま同条件の医療法人を買収しようとすると、当時よりずっと多額の投資が必要だと思います。
それから、私がM&Aをする場合はいつもそうですが、商号やブランドは一切変更しません。また、経営者がリタイアしたい場合は別として、働く意欲がある場合は、現経営者にはトップとして残っていただくようにしています。先ほどの医療法人でも、創業ドクターの方には院長先生として残っていただきました。もう80代ですから現在は名誉院長に退いていただきましたが、現場での診療は今でも行っていらっしゃいます。一方で、職員の処遇や顧客サービスについては、我々のノウハウをベースに大いに改善さていただきました。結果、経営がとても上手く回っているので、それを聞きつけた他の医療法人さんからも承継のご相談をいただくようになりました。

吉岡:皐輝先生も、このような取り組みを受け継ぎ、積極的に展開されるお考えですか。

岡田皐輝先生(以下皐輝):はい。これまでは医療関係だけでしたが、他業種でも同様の取り組みをしたいと考えており、実は昨年、地元の不動産会社を2社、食品会社を1社M&Aしました。食品会社の方は後継者不在の干菓子の製造会社でした。近年はニーズが落ちているのですが、一方で製造するメーカーも少なくなってしまったため、いわゆる残存者利益をほぼ総取りしているとても優良な中小企業です。

芳明:干菓子の製造は全面的に機械化できないわけでもないそうですが、それよりも手作業部分を多く残して生産した方がコストが安く、結果として大手メーカーが手を出しづらい商品なのだそうです。そうした事情もあって、この会社は、全国チェーンのスーパーにも干菓子を卸しています。

吉岡:まさに残存者利益、非常に良いポジションにおられるのですね。

皐輝:もともと順調に利益を上げていたので、引き続きモチベーションを高く維持していただくため、現場を取り仕切っていた方に、そのまま代表取締役になっていただきました。

能登半島地震で経営リスクを感じ
事業の多角化へ踏み切る

吉岡:さて、今後ますます事業が多角化していくと思いますが、現時点におけるグループ全体のビジネスポートフォリオを詳しく教えてください。

芳明:弊所のベースとなる本業は、やはり税理士法人です。それから、本業に関連するビジネスとして社労士法人、また本業から派生するビジネスとして昨年買収した2つの不動産会社、人材紹介会社、M&A仲介会社があります。これら本業周辺の会社で65名の従業員が働いています。さらに、3つの医療法人と食品会社があり、グループ全体で382名の従業員が在籍しています。

皐輝本業は123名を抱える税理士法人ですが、売上や利益でみると本業から派生するビジネスの方がすでに大きくなっています。利益率を見ても、本業派生が最も高いですね。

吉岡:人材紹介会社はどのようなビジネスを展開されているのでしょうか。

皐輝:医療・介護をはじめ、ヘルスケア業界に特化した人材紹介を行っています。

芳明:弊所が医療系に強いという理由もあるのですが、それだけでなく、人材確保が難しい業種にフォーカスして事業展開しています。現在は、北陸3県をメインに、対応できる業種を広げているところです。

吉岡:医療、不動産、人材紹介と事業を多角化されていますが、その狙いはどこにあるのですか。

芳明:監査法人の代表社員や大学教授をしていたときは「何か1つでも失敗したら、失業するかもしれない」という思いがありました。そうした経験からでしょうか、私はとても臆病なので、リスク分散としての意味合いが大きいです。ご存知の通り、2024年の元日に能登半島地震がありましたが、もし能登だけでビジネスを展開していたら、それで全てが終わっていたでしょう。このような予測不能なリスクに対応するため、弊所は「選択と集中」ではなく、「選択肢と分散化」という戦略のもとでビジネスを展開しています。

皐輝:能登の地震では、ビジネスは常に危険と隣り合わせだということを痛感しました。本来、効率という点では「選択と集中」という戦略が最も良いのでしょうけれど、あえて非効率な多角化戦略を推し進めるのは、あの地震でリスク分散の必要性を感じたこともあります。

新型コロナ禍で気付いた
「ウィークタイズ」の重要性

吉岡:続いて、税理士法人の拠点展開についてお話を伺いたいと思います。日本綜研さんでは、福井県内の敦賀、武生、富山に1拠点、それから東京にも拠点がございます。いずれも2022年以降に開設されたそうですが、急ピッチで拠点展開を進められたのはなぜですか。

芳明:弊所は2010年代に入って大きな停滞期を迎えました。売上や事務所規模はずっと変わらず、「この事務所は自分の代で終わるかもしれない」とすら思っていたほどです。そして、そのままコロナ禍を迎えたことで停滞期はさらに長引きました。でも、長く続いた停滞期を抜けるきっかけになったのも、実はコロナ禍だったのです。コロナ禍では「人とお会いする」ことが難しくなりましたよね。私もこの間、人とお会いする機会が減ってしまったのですが、「人と会うことが物理的にできない」という状況に置かれたことで、それこそがビジネスが停滞した理由だと気付くことができたのです。だから、反動という訳ではありませんが、コロナ禍が明けてからは、とにかく対面で人と会うようにしています。
それから、会計事務所のビジネスそのものに対する考え方も、コロナ禍を経て大きく変わりました。

吉岡:どのように変化したのでしょうか。

芳明:それまでは、お客様のさまざまな経営課題に対し、会計事務所である我々がトータルでサポートすべきだと考えてきたのですが、コロナ禍を経て「ウィークタイズ(weak ties)」という考え方が大切だと思うようになりました。組織外の第三者と緩やかに連携することによって、無理をすることなく幅広い顧客ニーズに応えられますし、自事務所だけでは実現し得ない、新たな事業展開に踏み出すことができます。

吉岡:確かに、以前は「総合型」「トータルサポート」を目指すことが主流でしたが、コロナ禍以降は、他士業やビジネスパートナーとの関係を強化し、実際にそれで成功している事務所が増えている印象です。

芳明:業界のトレンドも、コロナ禍で大きく変化しましたよね。私自身もそうしたマインドの変化をきっかけに、2022年に敦賀事務所を、2023年には武生事務所を開設し、不動産会社を2社M&Aしました。

吉岡:敦賀事務所、武生事務所は、それぞれのエリアで「ウィークタイズ」を築くための拠点という訳ですね。ところで、拠点を出す場所はどのような基準で決めているのですか。

皐輝:我々が新たに出す拠点は、今のところ北陸新幹線の沿線上と決めています。

芳明:税理士法人の拠点だけでなく、先ほどの干菓子の製造販売会社は敦賀に、医療機関は加賀温泉、金沢、越前たけふに位置しています。また、弊所が経営する調剤薬局も、芦原温泉など福井に6拠点、すべて沿線上にあります。新幹線を使えば短時間で移動できるので、「本社のスタッフが別の拠点をサポートに行く」といった動きも可能になりました。

吉岡:北陸新幹線の沿線を狙うプランは、以前からお持ちだったのですか。

芳明:はい。北陸新幹線の延伸が決まった時点で、沿線に拠点を展開することを構想していました。実は2016年に現在の事務所へ移転したのですが、当時から「新幹線が福井や敦賀に伸びる」という見通しがあったため、線路から看板が見えるこの場所に決めた経緯があります。

吉岡:そこまで考えて、この場所に移転されたのですね。東京の方は今後、拡大されていくご予定なのでしょうか。

皐輝:東京は事務所を吸収してまだ半年程度ですが、敦賀や武生とは違った展開をイメージしています。最近、東京の顧問先である建設業のお客様が投資ファンドに買収されたのですが、このような場合、通常は税理士変更もあり得ますよね。ところが、ご縁があってM&Aに付随する株式価値評価や、その後の組織再編などのお手伝いをさせていただきました。このように東京では、一般的な税務や会計だけでなく、資本政策や組織再編などバラエティに富んだ業務が生じる土壌があるので、今後もそのようなチャンスがあれば、しっかりと掴んで行きたいと考えています。

吉岡:今日は、せっかく後継者である皐輝先生にもご同席いただいたので、先生が会計事務所を経営していくにあたり、大切にしたいポイントを教えてください。

皐輝:経営者の方とお話をすると、公認会計士・税理士に対する信頼感からか、自社の経営やご自身の状況について忌憚なく教えてくださいます。だから「経営課題を解決する」という点で言えば、金融機関などと比べてもビジネス上は圧倒的に優位性があるのです。実際、弊所には金融機関出身のスタッフがたくさんいるのですが、彼らはみな「銀行員にはそこまで情報提供してくれない」とカルチャーショックを受けていますよ。

吉岡:会計事務所は、企業と利害関係がコンフリクトしないですものね。

皐輝:おっしゃる通り、金融機関の場合、たとえば融資の可否や金利の問題があって、経営者は、銀行の担当者に対して全てを詳らかにはできないのです。ところが、そうした優位性があるにもかかわらず、多くの事務所は「申告書を作って、はい終わり」というスタイルで、お客様のビジネス内容や経営者のお悩みごとに興味がないか、あるいは「そこに立ち入ることを良しとしない方針」であることが少なくありません。せっかくの優位性をビジネスに生かせていないのです。それに、あらゆる業界の企業と関わることができるので、さまざまな業界の知識を吸収することができます。お客様に深く入り込むことで、その業種を疑似体験できるのです。税理士ほど“商売がしやすい仕事”はないので、優位性をしっかりと活用してビジネス展開したいと考えています。

日本綜研の名の通り、いずれは全国展開を

吉岡:それでは、最後になりますが、日本綜研の今後の展望についてお聞かせください。

皐輝:先ほど北陸新幹線のお話をしましたが、「北陸新幹線の沿線」は、福井や富山、石川だけではありません。その先には新潟、長野、群馬、埼玉、東京があります。将来的には、石川よりも先に拠点を構えていく予定ですし、いずれは「日本綜研」の名前の通り全国展開したいとも考えています。

芳明:私が大層な名前を付けてしまったので、少なくとも関西エリア、中京エリアには拠点を出さないといけない。昔からそう思ってはいるのです(笑)。

皐輝:北陸新幹線で東京を経由すれば、東海道新幹線もつながるので、関西も含めかなり広域に展開することになります。私の代で実現できるかは分かりませんが、「日本」と社名に入っている以上、いつかは全国規模の税理士法人にしたいですね。

芳明:現在はスタッフ30名規模ですが、将来のことを考えると東京は最も大事な拠点です。コロナ禍が明けて思ったのは、私たち会計事務所の仕事は、同業他社と「競業」するのではなく「協業」するものだということ。東京には、福井と違って無尽蔵の需要があるのだから、もはや他と争う必要はありません。むしろ、福井では出会うことができないようなハイレベルな案件と出会うことができるので、そうした案件にも対応できる「ウィークタイズ」を築くことが、より重要です。皐輝には「新規顧客の確保」「ビジネスパートナーの開拓」という両面で、思い切り拡大を頑張ってもらいたいと思います。
また、ウィークタイズの動きと関連して、弊所では現在、監査法人で一緒に仕事をした会計士・税理士の方々、これまでに何らかのご縁があった税理士の先生方、弊所から独立・開業した税理士の方々、開業数年以内の若手税理士の方々と協業できるネットワークを構築しているところです。スタッフについても、すでにOB、OGに業務委託する仕組みがあります。今後、ますます働き方の多様化が進むので、必ずしも雇用関係にこだわらない仕事の進め方・仕組みを作っていきたいと考えています。

皐輝:私たちは会計事務所ですが、商材が税務・会計サービスというだけで、一般事業会社と同じ“企業”であることに何ら変わりはありません。であるならば、他業界の取り組みを経営に取り入れることだってできるはずです。たとえば、建設業やIT業界は「雇用形態」に対して、全くといって良いほどこだわりがありません。直接の雇用関係にあるスタッフは現場に数人のみで、あとは外注ということが普通ですよね。会計事務所でも、原理的には同じことができるはずです。もちろん税理士法を遵守する必要はあり、各種関連法規との整合性には注意する必要がありますが、他の業界の優れた仕組みを取り入れながら、これからの時代にあった経営スタイルを実現したいと考えています。
また、今後は伝統的な税務・会計業務の価値は間違いなく低下します。すると、本業の税務・会計だけで稼ぐのではなく、そこから派生するさまざまなビジネスチャンスを掴むことがとても大切です。日本綜研ではすでに事業の多角化を進めていますが、良い意味で「税理士としてのこだわり」「会計事務所としてのこだわり」を捨て、父から受け継いだこの流れをもっともっと大きくしてきたいと考えています。

吉岡:芳明先生、皐輝先生からたくさんのお話を聞かせていただき、今後の日本綜研がどのようになっていくのか本当に楽しみになりました。本日は誠にありがとうございました。

プロフィール
おかだ・よしあき
おかだ・よしあき
1988年公認会計士二次試験合格、ピートマーウィック・ミッチェル会計士事務所(現KPMG有限責任あずさ監査法人)入所。1991年公認会計士三次試験合格、太田昭和監査法人(現EY新日本有限責任監査法人)加入。1992年岡田芳明公認会計士・税理士事務所開設。2015年EY新日本有限責任監査法人シニアパートナー退任、税理士法人日本綜研理事長就任。現在、株式会社小田原エンジニアリング(東証スタンダード市場上場)の社外取締役等複数の社外取締役・監査役。主要著書『医療法人のための税務調査対策』(中央経済社)『詳解所得税務事例』(第一法規)等多数。
プロフィール
おかだ・こうき
おかだ・こうき
東京大学教養学部在学中に公認会計士試験に合格。卒業後は新日本有限責任監査法人に入所し、東証一部上場会社(グローバル・国内)及び銀行等の金融機関といった比較的大規模な民間企業のみならず、ベンチャー企業、国有企業、第三セクター、独立行政法人、一般社団法人、学校法人、医療機関など多種多様な法人の法定監査業務・内部統制コンサル業務・IPO関連業務等に従事。その後、税理士法人 日本綜研に加入。

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