その一言が「パワハラ」の入り口かも?
部下のやる気を削がないマネジメントの新常識【11項目のチェックリスト付】

令和4年度からすべての企業で義務化されたパワハラ防止法。相談窓口の設置や規程の整備といった「制度」の導入は着実に進んでいますが、一方で、日々の忙しさから生じる“雑なコミュニケーション”が、今なおパワハラの火種となっている現状があります。

「成果を求める現場ほど、実はパワハラは逆効果」と語るのは、労働問題の専門家である森・濱田松本法律事務所 パートナー・弁護士の安倍嘉一先生。制度という土台の上に、いかにして「健やかな職場環境」を築くべきか。その鍵となる概念が、「礼節」を意味するCivility(シビリティ)です。この記事では、パワハラを未然に防ぎ、かつ組織のパフォーマンスを最大化させるための具体的なコミュニケーション術について、安倍先生に詳しく教えていただきました。

今日から実践できる「Civility実践 チェックリスト」も掲載しているので、ビジネスパーソンの皆様はぜひチェックしてみてください!

「厳しくすれば動く」という勘違いが、組織の足を引っ張る

――会社組織は“お友達の集まり”ではないので、常に成果を出す必要があります。でも、成果を出そうと焦ると、ついつい言動が強くなり、部下から「パワハラ(パワーハラスメント)だ!」などと言われかねません。指導は厳しくしすぎないで、成果は出さないといけない。現代のマネージャーには、かくも厳しい課題が課せられているわけですが、うまくバランスをとる方法はあるのでしょうか?

会社では、成果を出すために顧客対応、納期、売上、目標など、毎日なにかしらのプレッシャーがかかっていますよね。しかし、業務に追われ、忙しさや焦りが強くなると、どうしてもコミュニケーションが雑になってしまいます。言葉が短くなり、口調が強くなるだけでなく、ため息や舌打ち、眉間にしわを寄せたまま話す、机を強く叩くといった態度に出ることもあります。こうした言動は、本人に深い意味がなくても、受け手からするとそれだけで相当なストレスになります。これら一つ一つは些細なことかもしれませんが、こうした小さな摩擦が積み重なって、パワハラが起きやすい土壌ができてしまうのです。

ただ、ここで最も重要なのは、「成果を求めるのであれば、パワハラは逆効果」だという点です。現場が切迫しているほど、また、成果を厳しく求める職場であるほど、「強く言えば早く動く」「叱れば改善する」という勘違いが生じがちです。でも、そこで強く当たってしまうと部下は萎縮し、心理的安全性が担保されず、報連相も止まってしまいます。「怒られたくない」「余計なことを言って大事にしたくない」という心理が働いて、相談が遅れる。確認を後回しにするようになり、ミスも言い出しにくくなる。結果として小さな不具合が放置されて、後から大きな事故として噴き出す。そうなれば現場の負荷はむしろ増えてしまいます。

――特に営業色の強い組織では、成果が出ないと“発破をかける”という行動に走りがちですが、そのような行動はパワハラに発展する可能性があり、むしろ逆効果になるケースが多いのですね。さて、パワハラを防止するという観点では、令和4年度より、中小企業も含むすべての企業に対してパワハラ対策が義務化されています。

労働施策総合推進法(通称:パワハラ防止法)に基づき、相談窓口の設置や再発防止策・規程の整備など、ハラスメント防止のための体制を整備することが全ての企業に義務付けられています。研修の実施や就業規則の改定に取り組む会社も着実に増えてきました。

企業に求められるパワハラ対策 出所:厚生労働省リーフレット

厚生労働省の調査(職場のハラスメントに関する実態調査)を見ると、過去3年以内にパワハラを受けた人の割合は、令和2年度の31.4%から、令和5年度には19.3%へと下がっています。企業による対策が浸透したことや社会的認知の高まりが、一定の改善につながっているのは確かです。

一方で、過去3年間にパワハラ相談があった企業の割合は、令和2年度の48.2%から、令和5年度には64.2%へ上昇しています。これは、パワハラが増えたというよりは、企業に相談窓口が設置された結果、これまで顕在化していなかったパワハラが表面化した、つまり窓口が機能し始めたことを表していると推測されます。パワハラが黙殺されにくくなった、というわけですね。

令和2年度令和5年度増加率
過去3年以内に
パワハラを受けた人
31.4%19.3%▲12.1pt
過去3年間に
パワハラ相談があった企業
48.2%64.2%+16.0pt
出所:厚生労働省・職場のハラスメントに関する実態調査(令和2年度・令和5年度)

このように、企業に課されたパワハラ対策は一定の成果を上げており、パワハラ防止の「土台はできた」と言えるでしょう。しかし、制度を整えただけで、日々の言葉づかいや態度が自動的に変わるわけではありません。しっかりと制度を整えた企業でも、“雑なコミュニケーション”を放置すれば結局パワハラは起こってしまいます。したがって、制度とあわせて”コミュニケーションそのもの”にも目を向け、改善する必要があるのです。

そのときにキーワードになるのが、Civility(シビリティ)という考え方です。

Civility(礼節)とは、相手を一人の人間として尊重すること

――Civility(シビリティ)という言葉には何となく聞き覚えがあります。ぜひ、詳しく教えてください。

Civilityは、ジョージタウン大学マクドノー・スクール・オブ・ビジネス准教授のクリスティーン・ポラス(Christine Porath)氏、ジョンズ・ホプキンス大学教授のP.M.フォルニ(P.M. Forni)氏らが提唱した概念で、日本語では「礼節」と訳されます。ポラス氏の著書『Think CIVILITY(シンク・シビリティ)「礼儀正しさ」こそ最強の生存戦略である』は、日本でも10万部を超えるベストセラーになっており、もしかしたらお読みになった方もいらっしゃるかもしれませんね。ここで紹介されているのは、単なるマナーや、“感じよく振る舞いましょう”というだけの話ではなく、「相手を一人の人間として尊重したコミュニケーション」の手法です。

――Civilityを職場で実現するために、具体的にどんなことを意識すればいいのでしょうか。

Civilityというと、大きな理念のように聞こえるかもしれませんが、実際には非常に具体的な行動の積み重ねです。私が研修や現場でお話しする際も、「これをやれば一気に良くなる」という話はしません。むしろ、「ここを放置すると部下や組織が消耗する」というポイントを、ひとつずつ確認していくイメージです。

では、具体的に見ていきましょう。

まず、真っ先にチェックしていただきたいのが、ご自身の言葉づかいと態度です。

たとえば、相手の話を最後まで聞かずに遮ってはいないでしょうか。忙しいときほど、結論を急いで「で、何が言いたいの?」と言ってしまう場面があります。でも、これを繰り返されると、部下は「ちゃんと聞いてもらえない」と感じてしまい、口を閉ざすようになります。話す内容以前に、まずは「相手を尊重し、話を聞く姿勢が保たれているか」ということを、ぜひ振り返ってみてください。

次に、挨拶や声かけです。

これも非常に地味ですが、きちんと実践すると大きな効果があります。皆さまは、自分から挨拶をし、部下や同僚の挨拶に対して返事をきちんとしていますか?忙しいときほど、挨拶を省略したり、目を合わせずに返事をしたりしがちです。でも、こうした小さな“雑さ”が積み重なると、職場の空気は確実に重くなります。Civilityは「相手に安心感を与える最低限の行動」を維持できているかどうか、という話でもあるのです。

呼び方も重要です。

あだ名や呼び捨てが当たり前になっている職場もありますが、相手がどう感じているかは別問題です。「みんなそうしているから」「悪気はないから」で済ませてしまうと、違和感を抱えた側は声を上げにくくなります。Civilityの観点から、「相手が不快に感じる可能性はないか」を、一度立ち止まって考えることが求められます。

また、謝れるかどうかも大きなポイントです。

上司であっても、判断を誤ることはあります。そのときに「さっきの指示は私の判断ミスだった」「言い方がきつかった、申し訳ない」と言えるかどうか。これができる職場では、部下が安心して話をするようになります。逆に、上の立場の人が絶対に謝らない職場では、部下は本音を言わなくなります。

このお話を聞いて、もしかすると「Civilityを実践すると、上下関係が曖昧になりそう」と思う方がいらっしゃるかもしれません。しかし、Civilityは決して上下関係を曖昧にする話ではなく、関係を健全に保つための姿勢です。上下のある関係でこそ、「互いに謝り合える」ことはとても大切なのです。

――最近はメールやチャットでのコミュニケーションも増えていますが、ここではどのようなことに気をつければ良いでしょうか。

文字だけのコミュニケーションは、皆さんが思っている以上に人の心に影響を与えます。

口頭では問題にならない表現でも、文字になると冷たく、攻撃的に見えることがあるのです。「これおかしくない?」「どうなってる?」といった短文は、送り手が思っている以上に強く受け取られます。だからこそ、確認や指摘の前に一言クッションを置く、感謝を先に伝える、といった工夫が重要であり、Civilityの実践に繋がります。

それから、見落としがちなのが飲み会など業務外の場面での振る舞いです。職場の同僚との飲み会は業務の“外”で行われますが、業務における人間関係がそのまま持ち込まれることになります。部下が断れない雰囲気になっていないか、自分だけが一方的に話していないか、いない人の悪口が始まっていないか。こうした場での振る舞いが、翌日以降の職場の空気に影響することは少なくありません。業務外だったとしても、常にCivilityは問われることになるのです。

今日から始める「Civility実践チェックリスト」

ここまでお話しした通り、Civilityとは本当に些細なことの積み重ねですが、意外とできていないものです。簡単なチェックリストをお示ししますので、ぜひ、ご自身で振り返ってみてください。

 今日、自分から挨拶をしたか◻︎
 指摘の前にクッション言葉を置いたか(例:ありがとう。ただ一点だけ確認させてください) ◻︎
 指導の「場所・時間」を選んでいるか(人前で叱っていないか、タイミングは適切か) ◻︎
 呼び方は相手基準になっているか(あだ名・呼び捨て・呼称に無自覚になっていないか) ◻︎
 いない人の悪口で盛り上がっていないか ◻︎
 部下に対して謝るべきときに謝れているか ◻︎
 忙しい時に「ありがとう」「すみません」を省略していないか ◻︎
 忙しい時に語尾が強くなっていないか(短文・命令形・詰問調になっていないか) ◻︎
 忙しい時にため息・舌打ち・不機嫌な態度を出していないか ◻︎
 忙しい時に相手の話を途中で切り上げていないか(最後まで聞けているか) ◻︎
 チャットで疑問系だけの短文を送っていないか(責めている印象にならないか) ◻︎
Civility実践チェックリスト

おわりに

Civilityという視点は、決して「部下を甘やかす」ことではありません。むしろ、部下が最大限のパフォーマンスを発揮できる「環境を整える」という、極めて精巧なマネジメントの形です。挨拶、呼び方、聞き方、伝え方、そして謝り方。これら一つひとつは些細なことかもしれません。しかし、これらが揃って初めて職場から「余計なストレス」が取り除かれ、メンバー1人ひとりの本来のポテンシャルが引き出されます。

まずは目の前のチャットの一文、今日最初の挨拶から変えてみてください。その積み重ねが、パワハラのない、そして高い成果を出し続ける組織を作る近道になります。

安倍嘉一 先生

森・濱田松本法律事務所 パートナー・弁護士
2000年東京大学法学部卒業。現在、経営法曹会議会員(2008年~)。第一東京弁護士会労働法制委員会委員(2008年~)。LAWASIA会員(2013年~)。日本弁護士連合会国際交流委員会委員(2018年~)。第一東京弁護士会労働法制委員会外国労働法部会副部会長(2018年~)。第一東京弁護士会総合人権委員会性の多様性理解促進PTメンバー(2020年~)。日本ローエイシア友好協会理事(2023年~)。日本弁護士連合会国際交流委員会副委員長(2023年~)。司法試験考査委員(2024年~)

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