顧客満足と離職防止に効く!会計事務所の「対話力」を高めるコーチングとは

会計事務所で「顧客に説明が伝わらない」「1on1で会話が続かない」と悩む声は少なくありません。専門性の高さゆえに、実は“伝え方”が壁になることも。そこで注目されているのが、コミュニケーション力を高めるコーチング研修です。
本記事では、ビジネスコミュニケーションの専門家・井内正博先生に、会計事務所が直面する課題と、その解決につながる研修内容を伺いました。

井内 正博
リジョイスコンサルティング株式会社 代表取締役 コンサルタント、研修講師、ビジネスコーチ レコードメーカーの音楽ディレクター経験後、医療介護業界、住宅業界などで管理職として人事、労務、社員教育に携わる。主に中小企業を対象に、社員同士の価値観や意見の違いにより生まれるズレを解消するマネジメントが専門領域。「聴く」「伝える」「質問する」「指示する」「褒める」「叱る」「1on1」などの各種コミュニケーションスキル研修、ハラスメントやコンプライアンスのリスク管理、管理職育成に定評がある。官公庁での研修、商工会や経済団体でのセミナーも多い。 著書に『複雑なことをシンプルに考えすぎるからうまくいかない』(リーブル出版)。
― はじめに、会計事務所にコーチング研修が必要な理由を教えてください。
会計事務所で働く方はロジカルで実務能力が高く、顧客への説明にも自信を持っている方が少なくありません。しかし、実際のお客様アンケートでは、「専門用語ばかりでわかりづらい」「一方的に説明されて終わった」という声も。
これは、伝え方や関係の築き方において、まだ改善の余地があることを意味しています。そんなときにコーチング研修は、伝える・聴くというコミュニケーションの質を高める手段として有効です。
― 一方で、事務所内における課題に対してはいかがでしょうか。
事務所内の課題としては、1on1(上司と部下の定期的なマンツーマン面談)に関する悩みが多く見受けられます。評価制度の一環として導入したものの、お互い話す内容に困り、会話が途切れてしまう。そのため、十分な効果が得られません。
これは会計事務所に限らず、中小規模の組織で多い課題です。1on1の場面ではとくに、上司が部下の気持ちや考えを丁寧にくみ取る力が問われます。その力を養うために、まずは管理職へのコーチング研修を取り入れるケースが多いですね。
― コーチング研修で、とくに重視しているポイントはありますか。
とくに重視しているのは「傾聴」です。傾聴とは、簡単にいえば、相手の話を「受身的に聞く」のではなく「積極的に聴く」スキル。「あなたの考えや意見を積極的に聴こうとしていますよ」と示すことにより、相手の本音や内面、可能性を引き出すスキルのことで、積極的傾聴(アクティブリスニング)といいます。研修では、相手の言葉を繰り返す、相槌を打つ、感情に共感するなどの要素ごとに、ロールプレイ形式で実践してもらっています。
具体例を挙げると、相手の発言をそのまま繰り返す「オウム返し」。相手に共感や理解を示し、良好なコミュニケーションを築くための手法として有効です。研修中に実践練習を重ねることで、対話の質の変化がその場で感じられる方も多く見受けられます。
― 傾聴のようなベーススキルに加え、さらに一歩踏み込むようなコーチングならではの手法には、どのようなものがありますか。
「問いかけ」のトレーニングも重視しています。たとえば上司は部下に対し、つい業務進捗などの「事実」ばかりを尋ねてしまいがち。しかしこれでは、報告をして終わりになってしまいます。 もちろん報告も大切ですが、コーチングの観点からすると、部下自身がどう感じ、考えているかにも焦点を当ててほしいのです。これにより、部下は「自分自身に関心をもってくれている」と感じ、心を開いてくれるようになります。
そうした信頼の積み重ねが、代えのきかない関係性につながっていく。その土台をどう築くかは、コーチングの大きなテーマのひとつです。
― そうした関係性を築くことで、個々の上司・部下の関係にとどまらず、組織全体にも好影響があるのでしょうか。
近年、「企業理念と個人のビジョンを結びつける」という考え方が注目されています。
ただ、実現は簡単ではありません。自分の理想像を言語化したことがない人も多く、企業の理念も抽象的なため、どう結びつければいいのか分からないという声をよく聞きます。
だからこそ、コーチングの場で「どうありたいか」と問いを立て、対話を重ねることが大切です。自分なりのビジョンが見えてくると、企業理念との重なりも考えられるようになり、理念の浸透につながります。
こうした積み重ねが、上司と部下の関係を超え、組織全体に一体感や前向きな雰囲気を育てていきます。
― コーチングに関する近年の傾向の変化はありますか。
職場のコミュニケーション改善への関心が高まっており、コーチングを導入する企業は年々増えています。以前は管理職向けが中心でしたが、最近は若手や中堅層にも広がり、対話力への注目が一層強まっています。
一方で、「コーチングさえ導入すればすべてが解決する」といった過度な期待も一部で見られます。しかし現場では、ティーチングやアドバイスが必要な場面も多くあります。たとえば部下が迷っているときには、明確な指示や助言が効果的なこともあるでしょう。 だからこそ私は、コーチングを「すべてを引き出す技術」として特別扱いするのではなく、状況に応じて選べる対話の手段のひとつとして伝えるようにしています。目的に応じて柔軟に使い分けられる力を育むことこそ、研修の大きな意義だと考えています。
― 研修導入を迷っている会計事務所の方に、ひと言お願いします。
コーチング研修は、離職防止・顧客満足・採用力アップに効く、いわば組織づくりの土台です。
会計事務所では日々の業務がルーティン化しやすく、知らず知らずのうちに職員が息苦しさを感じていることもあります。そうした空気を放置せず、普段から関係性を整えておくことが、離職の予防や組織の安定的な成長につながります。
また、コーチング研修では、傾聴をはじめとする対話力や伝え方のスキルも習得できます。これは、顧客対応におけるコミュニケーションの質を高め、満足度や契約継続率の向上にも寄与します。 さらに採用面では、研修制度があること自体が求職者への訴求力になります。他の会計事務所との差別化にもつながりますので、ぜひ導入を前向きに検討してみてください。