ハラスメントの境界線が揺らぐ時代
~会計事務所が健全な組織をつくるためにすべきこと~

近年、企業におけるハラスメント対策の重要性がますます高まっています。特に、会計事務所のように小規模な組織が多く、上司と部下の関係が密接になりがちな業界では、適切なハラスメント研修の実施が職場環境の改善や人材の定着に直結します。本記事では、15年以上にわたりハラスメント研修を行ってきた弁護士の安倍嘉一先生に、会計事務所におけるハラスメント研修の必要性とその効果について伺いました。

安倍 嘉一

森・濱田松本法律事務所 パートナー弁護士。
2005年弁護士登録。経営法曹会議会員。第一東京弁護士会労働法制委員会委員。 企業側人事・労務問題を専門としており、解雇・残業代請求、労災をはじめとする個別紛争対応、 労働組合との紛争対応、懲戒や休職対応など豊富な実績を持つ。 著書として、『ケースで学ぶ労務トラブル解決交渉術』(民事法研究会、2013年)、 『従業員の不祥事対応実務マニュアル』(民事法研究会、2018年)ほか多数。

―最近、企業におけるハラスメント問題がより注目されるようになっており、研修も多くの企業で実施されていますが、それでもなお問題がなくならない要因は何だとお考えですか。

職場におけるハラスメント問題は、企業にとって重要な課題となっています。法律の観点からも、ハラスメントについて雇用管理上の措置義務が定められており、その中には従業員への研修・教育・啓発が含まれています。裏を返せば、それだけハラスメントの問題が多く発生するようになっているとも言えると思います。

そのような中で、研修自体はどの組織・団体でもそれぞれ実施しているとは思うのですが、いわゆる型通りの研修を一通りやっていてもなくならないのは、ハラスメントを未然に防ぐための適切なコミュニケーションスキルが不足しているからだと考えています。

―具体的にハラスメント研修ではどのような内容を扱うのでしょうか。

研修の基本は、「ハラスメントとは何か」という定義の理解から始まります。その上で、セクシャルハラスメントであれば、「相手が嫌そうにしていなくても問題になる可能性がある」といった点を伝えます。パワーハラスメントについては、「業務上の指導とハラスメントの境界線がどこにあるのか」の判断が重要となります。

例えば、ミスを指摘すること自体は必要な業務ですが、その指摘の仕方が威圧的で、人格否定を含むようなものになってしまうとパワハラになります。この線引きをしっかりと研修で学ぶことが、職場環境の改善につながります。

―ハラスメントの加害者となるのは、やはり管理職層が多いのでしょうか。

そうですね、特に年齢の高い管理職層が無自覚に行ってしまうことが多いです。体育会系の文化を引きずった「指導」のつもりが、実際にはパワーハラスメントに該当してしまうケースもあります。さらに、彼らの「昔はこうだった」という価値観が、新しい世代の考え方と乖離が生じることがあり、これが職場の摩擦を生む原因にもなります。

また、最近では新しいタイプのハラスメントも問題になっています。例えば、業務連絡のチャットで句読点をつけることが「マルハラ(句読点ハラスメント)」と指摘されたりするケースもあります。こうした背景から、職場におけるハラスメントの定義や境界線が多様化し、対策がより難しくなっています。

―会計事務所特有のハラスメントの特徴にはどのようなものがありますか。

会計事務所は、小規模な組織であることが多く、所長を頂点とするトップダウンの文化が強い傾向にあります。そのため、所長の意向が絶対視される環境では、パワハラやマタハラ(マタニティハラスメント)が発生しやすくなります。

また、士業の世界では、「ボス弁」「所長税理士」など、一人の絶対的なリーダーが存在することで、ハラスメントが黙認されやすい構造があります。結果として、従業員が不満を抱えていても相談できる窓口がなく、精神的な負担が大きくなる傾向があります。

―では、そうした環境の中で、どのようにハラスメント研修を導入すれば良いのでしょうか。

ハラスメント防止の観点からではなく、「生産性向上」や「職場環境改善」といった視点からアプローチする方が、受け入れられやすいのではないでしょうか。例えば、より生産性を高めるために適切なコミュニケーションの取り方はどのようなものか、といった観点から研修を行うことが考えられます。

研修の中では、管理職に対して「どのように部下と接すれば、モチベーションを高められるか」といった実践的なスキルを提供することも重要です。また、ハラスメントの相談窓口の設置や、従業員が安心して意見を言える環境を作ることも、研修の一環として取り入れると効果的です。

―ハラスメント研修を実施することで、どのような効果が期待できるでしょうか。

ハラスメント研修を実施することで、まず従業員の意識が変わります。研修を実施している組織では、ハラスメント相談窓口を設けるケースも多く、従業員が問題を報告しやすい環境が整備されます。

また、ハラスメント研修を導入していない組織と比較すると、職場の人間関係が円滑になり、離職率の低下にもつながることが分かっています。特に会計事務所は現在、深刻な人手不足の状況にあり、従業員が安心して働ける環境を作ることは最優先事項です。

―DX(デジタルトランスフォーメーション)の進展によって、新たな課題も生まれています。

今後、職場のコミュニケーションがさらにオンライン化することで、誤解を招く表現や不適切な言葉遣いが問題になるケースが増える可能性があります。テキストベースのやり取りが主流になると、ニュアンスのような非言語的な情報が伝わりにくくなり、意図せず相手を傷つけてしまうリスクが高まります。

また、リモートワークが増えることで、個々の従業員のメンタルヘルスの管理が難しくなる点も課題です。対面であれば気づける「様子がおかしい」というサインが、オンラインでは見えにくくなるため、より細やかなケアが求められます。

―最後に、ハラスメントを防ぐためにポイントを教えてください。

最も重要なのは、コミュニケーションの質を向上させることです。特に、部下を一人の人間として尊重する姿勢が大切です。役職が上だからといって、人としても上であるわけではありません。相手によって接し方に極端な違いがあるのは適切ではないと思います。

また、ハラスメントの線引きを明確にし、具体的な事例とともに学ぶことで、無意識のうちに行ってしまうハラスメントを防ぐことができます。さらに、一度の研修で終わらず、定期的に実施することで意識の定着を図ることが重要です。

特に会計事務所では、ハラスメントが起きにくい職場環境を整備することが求められます。上司と部下の関係をフラットにし、オープンな意見交換ができる文化を醸成することで、問題が発生する前に防ぐことが可能になります。

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