顧客対応がギクシャク、所内もバラバラ?会計事務所が今こそ磨きたいコミュニケーション力とは

「社員同士の意思疎通がうまくいかない」「顧客との会話がかみ合わない」――そんな課題を抱える会計事務所が増えています。専門知識だけでは乗り越えられない“コミュニケーションの壁”。どうすれば対話をスムーズにし、信頼関係を築けるのでしょうか。今回は、NHKキャスターとして5,000名以上へのインタビュー経験を持ち、現在はコミュニケーション指導の専門家として活躍する牛窪万里子先生にお話を伺いました。

牛窪 万里子
株式会社メリディアンプロモーション代表取締役/
成蹊大学経営学部客員教授
大学卒業後は大手飲料メーカーに就職。話し方やコミュニケーションの大切さを実感し、本格的に勉強し始めたことをきっかけにNHKキャスターに転身。「おはよう日本」、「首都圏ネットワーク」等に出演し、これまでのインタビュー歴は著名人を含め、5,000名以上にのぼる。
現在は、NHK「ラジオ深夜便」「身近なことからSDGs」に出演の傍ら、フリーアナウンサー事務所の代表取締役を務め、放送経験を生かしたコミュニケーション法を指導している。また2025年4月より成蹊大学経営学部で客員教授に就任し、「自己表現力と対人スキル」をテーマに講義を行っている。
著書『難しい相手もなぜか本音を話し始めるたった2つの法則』(日経BP)他5冊。
― 会計事務所にコミュニケーションスキルの研修が必要な理由を教えてください。
会計事務所では、顧客である経営者と常にやりとりが生じます。経営者によって考え方や方針はさまざまで、節税を目的とした対応を求められることも。そうした際には、専門家として法令や会計基準に則った適切な方法を提案しつつ、経営者の意向や事情を汲み取り、柔軟に対応していく姿勢が求められます。
つまり、「守るべきこと」と「相手の希望」との間でバランスをとるコミュニケーション力が求められるのです。これを磨く手段として、実践的な研修が有効です。
― 職員のコミュニケーションスキルが高まると、事務所にどのような良い変化が起きますか。
顧客対応においては、職員のコミュニケーション力が高まることで、信頼関係が築きやすくなります。結果として、継続的な依頼や紹介につながり、売上の向上にも結びついていきます。
また所内においては、職員間のやり取りがスムーズに。思い違いによるミスやムダが減り、仕事が進めやすくなります。所内の雰囲気が良くなれば、「助け合える職場」として全体のパフォーマンスやモチベーションも向上していきます。
― どのような規模の事務所に、研修の効果が表れやすいでしょうか。
とくに研修の効果が表れやすいのは、中小規模の会計事務所です。
大手に比べて仕組みやルールが未整備なケースが多く、「言わなくても伝わるだろう」という暗黙の前提で動きがち。その結果、上司・部下間で誤解や思い違いが生まれやすくなります。
こうした環境に「傾聴」や「フィードバック」の基本を学ぶ研修を導入すると、対話の質が変わり、業務のスムーズさや職場の雰囲気改善にもつながります。
― 実際に研修を導入した事務所は、どういった問題意識を抱えていましたか。
よく聞くのは、「他部署間の連携がうまくいかない」といった悩みです。
部署内ではやり取りがスムーズでも、別の部署となると急によそよそしくなる、本来は連携しながら進めるべき仕事が止まってしまう、というケースは少なくありません。
その背景には、世代間の価値観のズレや、伝え方・受け取り方のギャップが潜んでいることも。こうした「見えない断絶」を埋めるための手段として、コミュニケーション研修が注目されています。
― ビジネスシーンで今、特に必要とされているコミュニケーションスキルとは何でしょうか。
「相手のニーズを引き出すコミュニケーション」が重視されています。伝える力よりも、まずは相手の話をしっかりと聞く姿勢が問われるのです。
ここでいう「相手」とは顧客に限らず、上司や部下、同僚など社内の関係者も含みます。相手の価値観や感じている課題を対話の中でくみ取り、その上で適切な対応をしていくことが求められています。
一方的に話すのではなく、丁寧な質問や相づちで本音を引き出す。そうした「聞く力」が信頼感を生み、仕事を前向きに進められる環境を作るのです。
― 本人がコミュニケーションの課題に気づいていないケースでは、どのように自覚を促すのでしょうか。
私の研修では、動画撮影を活用しています。各々の話し方を撮影し、その映像を本人に見てもらうのです。私自身、アナウンサー時代に自分の出演番組を見直して悪い部分を直す訓練をしていたので、その効果を実感しています。
多くの人は、自分が話す姿を初めて見てショックを受けます。「自分はこんなにイヤな感じだったのか」と落ち込む人も。でも、それが大きな「気づき」になります。客観的にどう見えているのかを知ることで、初めて意識が変わるのです。
― 近年のコミュニケーション課題のトレンドについて教えてください。
よく挙がるのが、「世代間のギャップ」、特にZ世代との関わり方です。
Z世代は、家族や友人との時間を大切にし、仕事とプライベートをきっちり分けたい意識が強いのが特徴です。男性の育休取得も自然な選択と考えていて、大谷選手の育休も、まさに今の価値観を象徴しています。
一方で、上の世代――たとえばバブル期に社会に出た世代には、「仕事は根性」「休みも働くのが当たり前」といった価値観が根強くあります。その違いが、職場でのすれ違いやコミュニケーションの難しさを生む背景になっています。
― Z世代を含め、さまざまな考え方を持つ人が働く職場で、円滑にコミュニケーションをとるために気をつけるべきことは何ですか?
意識したいのは、「相手が気持ちよく働ける環境とは何か」を想像する姿勢です。
自分の価値観を基準にするのではなく、多様な考え方や働き方を尊重しようとする意識が、これからのコミュニケーションには求められています。
たとえば、日常の中で交わすちょっとした声かけや雑談が、相手に安心感を与えるきっかけになることもありますし、逆にあまり干渉されない方が心地よいと感じる人もいます。
大切なのは、相手の反応や立場に目を向けながら、どんな距離感や関わり方がよいのかを丁寧に探っていくことです。
異なる価値観を持つ人たちと協業する今の時代だからこそ、背景を理解しようとする姿勢が、信頼関係と組織の土台を築く助けになります。
職員同士・顧客との対話に、ちょっとした“つまずき”を感じていませんか?
コミュニケーションを学び直すことで、事務所全体が変わり始めます。