信託課税の課題は既存の知識で解消する<事業承継レポートVol.24>
白井税理士事務所 所長・税理士
白井 一馬
2022/2/9
このコラムでは、『顧問税理士のための相続・事業承継スキーム発想のアイデア60』など多数の著書を持つ白井一馬先生が、事業承継に関する話題のトピックスなどを取り上げ、皆様にご紹介します。
※本記事は、会報誌『BIZUP Accounting Office Management Report』vol.99(2022.1)に掲載されたものです。
信託課税の課題は既存の知識で解消する
遺言代用信託は財産の所有者が当初の委託者兼受益者になり、死亡すると家族に受益権が移転することになるので、委託者死亡後も信託は継続し受託者に財産を預けたままになるので、事業の承継等がスムーズに実行できます。
受益者を複数にすることも受益者連続型にすることも自由です。事業承継のために自社株を信託する場合について、たとえば遺留分に配慮しつつ後継者に株式を集約させるのであれば、死亡後の最初の受益者を娘にして一定期間配当した後、後継者である息子が次の受益者になる受益者連続型にできます。あるいは、娘には収益受益権を与えて配当を行い、一定期間経過後は信託が終了し息子が元本受益者となるような複層型信託も、信託であれば実現できます。
当初受益者死亡後の受益者が1名でしたら、通常の株式の相続と同様に相続税が課されるだけでシンプルですが、受益権の複層化や受益者連続型のような信託内容にすると、課税関係が格段に複雑になり不利益な税負担が生じてしまいます。
受益者連続型であれば受益権が移転するたびに信託財産全部の遺贈があったものとみなれてしまいます。つまり、娘は10年間で1千万円の配当が見込まれるところ、原則評価によって評価額1億円の相続税申告が必要になり、5千万円の相続税負担が必要になる不利益もあり得ます。
また、複層化信託も受益者連続型と認定されると同様の課税関係になるリスクがあります。収益受益権が100%で元本受益権をゼロ評価とする条文があるからです。
いずれの手法も、通常の民法上の相続・贈与を避けて信託を利用することによる租税回避防止を念頭に置いた課税関係となっているためです。受益者連続型や複層型といった手法を持ち込むと信託税務は格段に難しく、また不利益な負担を強いられる可能性がでてきます。
税負担のリスクを回避する方法としては、受益者を後継者のみとするシンプルな遺言代用信託とし、娘には代償金を支払う方法が有効です。たとえば娘には10年間毎年100万円を支払う負担付きの受益権にするわけです。信託と代償金の分割払いを組み合わせることになります。
この方法だと先代経営者の相続時に、娘は分割払いを受ける未収金を取得したものとして相続税を申告することになります。未収金の評価は年金評価となり、要するに保険契約による年金受給件を取得したのと同じ評価です。これだと使い古された税務ですから疑義は生じません。
一方、後継者は負担付き遺贈を受けたものとして申告することになります。通常の受益権評価つまり株式を原則評価した金額から、娘に負担する債務の年金評価額を控除した金額が相続税の対象になります。
信託という手法のメリットを活用しつつ、複層化や受益者連続型信託のような税務リスクのある方法は避け、代償金を負担するという古典的の方法を組み合わせます。信託を利用すれば民法の相続・贈与、契約と同じことがより便利に実行できますが、逆にいえば信託でなし得ることのほとんどは、既存の知識で解決できるということでもあります。そのような柔軟な発想が信託の活用には不可欠と言えるのです。