ミニマムタックス
<江崎光行先生の税理士事務所 四方山話 vol.16>

本コラムでは、日常の業務を通じて遭遇するお客様の反応や現場での出来事など身近なトピックに焦点を当てます。セミナーや研修で講師を務める経験豊富な江﨑光行先生が、これらの話題をわかりやすく、そして実用的なアドバイスを交えて解説します。
※本記事は、会報誌『BIZUP Accounting Office Management Report』vol.144(2025.10)に掲載されたものです。
江﨑光行税理士事務所 所長・税理士
江﨑 光行 先生
「株式を売却した場合の税制が改正されたと聞きました。どのような改正ですか?」
M&Aによって株式の譲渡を行った企業オーナーのお客様からこのような質問がありました。お客様には、株式の譲渡取得が多額になることから、ミニマムタックスに該当する旨を案内しました。
令和5年度税制改正において、税負担の公平性を確保する観点から、極めて高い水準の所得に対する負担の適正化のための措置として、ミニマムタックスが導入されました。具体的には、個人でその年分の基準所得金額が3億3,000万円を超えるものについては、その超える部分の金額の100分の22.5に相当する金額が、その年分の基準所得税額(通常の方法で計算した場合の申告書上の所得税の額)を超える場合、その超える部分の金額を追加で申告納税するものです。
算式で表すと下記のとおりとなります。
(基準所得金額※-3億3,000万円)×22.5%-基準所得税額=追加申告納付税額
※総所得金額及び分離課税の各種所得金額を合計したもの(確定申告不要制度を適用しないで計算したもの)をいいます。
スタートアップへの再投資やNISA関連の非課税所得は含まれません。
具体的な金額でみてみましょう。
(例)
- 株式の譲渡による所得が20億円
- 税率は株式等に係る譲渡所得等の所得税率15%
① 基準所得税額: 20億円 × 15% = 3億円
② ミニマムタックス適用後:
(20億円-3.3億円)×22.5% = 3億7,575万円
③ 追加申告納付額: ②-① = 7,575万円
ミニマムタックスは、日本の所得税制における「1億円の壁」を解消するために導入されました。この「1億円の壁」とは、所得が1億円を超えたあたりを境に所得税の負担率(実効税率)が低下する傾向を指します。その背景には、給与所得などが5%から45%の累進課税であるのに対し、株式や不動産(長期)の譲渡益や配当などの所得は一律20.315%(所得税15%、住民税5%、復興特別所得税0.315%)で固定されるという税率の違いがありました。
一般的に、富裕層ほど所得金額に占める株式譲渡や配当の割合が高い傾向にあるため、所得税の負担率が下がるという現象が見られ、課税の公平性の観点から問題視されていました。ミニマムタックスでは、所得金額が3億3,000万円を超える超富裕層に対し、金融所得がいくらあっても最低限の税負担を求めることで、課税の公平性を高めることを目的としています。
ただし、給与所得や事業所得など、累進課税のみで収入を得ている人は、たとえ多額の所得があっても、所得が増加するにつれて適用税率が高くなるため、ミニマムタックスの対象になることはありません。一方で、株式や不動産(長期)の譲渡所得など、低税率の資産所得が多い場合は、ミニマムタックスの対象となる可能性が高まります。例えば、仮にすべての所得が金融所得のみだった場合、年間所得が10億円以上からこの制度の対象になると見込まれています。
事業承継の方法としてM&Aという選択をする企業オーナーが増加する昨今において、M&Aで株式を譲渡した際に予測される税額を経営者へ正しくお伝えするためにも、本税制を理解する必要があると感じます。

江﨑 光行
えざき・みつゆき/江﨑光行税理士事務所 所長・税理士
大原簿記学校税理士講座講師、税理士法人古田土会計、川鍋直則税理士事務所を経て独立。
現在は、月次決算書、経営計画書の作成指導経験を踏まえ、
ビズアップ総研アシスタント養成講座などでセミナー講師を務める。