会社と税理士の役割分担<契約書のポイント 会社と税理士の顧問契約 第6回>

鳥飼総合法律事務所 弁護士
佐藤香織

2021/7/18

第6回 会社と税理士の役割分担

1 会社がすること・税理士がすることを明確に

このコラムの第4回で、会社と税理士の顧問契約書では税理士の業務の範囲を明確にしておくことが重要、と説明しました。それは、次のような関係にあるからです。

税理士の業務の範囲 = 税理士の義務・責任の範囲
税理士の業務の範囲は、顧問契約書を作ればまずそこで判断されますから、クライアントの責任となる事項と、税理士の責任となる事項とを、明確にしておくことが 重要です。

次の条文の例を見てみましょう。

第〇条 資料等の提供及び責任
1 甲は、乙の委任業務の遂行に必要な説明、書類、記録その他の資料(以下「資料等」という)を、その責任と費用負担において乙に提供する。
2 甲の資料等の提出が、乙の業務遂行に要する期間を経過した後であるときは、それに基づく不利益は甲が負担する。
3 甲の資料等の提供の不足又は誤りに基づく甲の不利益については、乙はその責任を負わない。
※甲:委任者(クライアント)、乙:受任者(税理士又は税理士法人)

この例は、第1項で、税理士の業務の遂行に必要な資料等を、クライアントが提供すると定めています。これによって、税理士の業務の範囲を限定し、責任の範囲を 限定します。

そして第2項では、期限との関係を定めています。税理士の業務には、申告書や申請書の提出など、提出の期限があるものがあります。その提出期限ギリギリに資料 等を受け取っても、作業時間が足りなければ、税理士が求められる高度な注意義務を履行することがそもそもできません。

そこで、税理士の高度な注意義務の履行を行うことができないような期限の間際にクライアントが資料等を提出した場合、クライアントに生じた不利益はクライアン トが責任を負うと定めています。

第3項も、クライアントが提供した資料等が不足していたり間違いがあったりして、それに基づいてクライアントが不利益を被ったときは、税理士は責任を負わない としています。

2 契約書に書いても、いつも税理士が責任を免れるわけではない

例えば、「税理士は、会社側から提出された帳簿類を基に申告を行い、帳簿類が誤っていたことによる不利益については責任を負わない」という顧問契約書の条項が あったとします。

しかし、この条項を入れていたからといって、帳簿類に間違いがあった全ての場合に、税理士が責任を免れることにはなりません。
ここでも出てくるのは、「税理士の高度な専門性」です。税務に精通した税理士が帳簿を見れば、または、それまでの打ち合わせ等を踏まえれば、帳簿の誤りに容易 に気付くことができるというような場合、税理士は誤りについてクライアントに指摘し、質問し、確認することが求められるのです。
それをしない場合には、注意義務違反となり、やはり税理士が責任を問われると考えなければなりません。

最後に、税理士の業務の範囲を限定する契約書の条項があったことで、税理士が責任を免れた裁判例を紹介します(東京地方裁判所平成24年3月30日判決・判例タイムズ1382号152ページ)。

この裁判例では、クライアント(原告)は、課税事業者選択届出書を提出して課税事業者となった方が課税上有利なのに、税理士(被告)が同届出書を提出しなかっ たため、税理士が責任を追及されました。
このクライアントと税理士との顧問契約書には、「クライアントは、受任業務の遂行に必要な説明、書類、記録その他の資料をその責任と費用負担において税理士に 提供する」と書かれていました。ところが、クライアントは、税理士に連絡や相談もせず、資料等を期限までに提出していませんでした。そのため、税理士は課税事 業者選択届出書を出す判断ができず、税理士に責任はないと判断されました。

これは、契約書が税理士を救った例といえます。

ただし、これで安心してはいけません。
世の中で起こるトラブルには、完全に同じ事実関係のものはありませんので、別の事例では別の結論となることが大いにあるのです。

裁判例を読むときは、裁判例で基本の考え方をしっかりおさえつつ、具体的に自分の業務にどう当てはめるかという視点がとても大切です。

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