職務内容・勤務地限定契約を活用したこれからの採用戦略
森・濱田松本法律事務所 パートナー弁護士
安倍 嘉一
最近、様々なメディアで「配属ガチャ」という言葉を耳にするようになりました。4月に入社した新入社員が、予想していたのと異なる部署に配属になることをSNSのゲームになぞらえてこのように表現しているのですが、中には「配属ガチャ」によって希望する部署に行けなかったことを理由に、入社早々退職するといったケースも出ており、せっかく採用した企業にとっては頭の痛い問題です。
元々、これまでの日本企業では、誰をどの業務に従事させるか、どの勤務地で働かせるかといういわゆる配転命令権については、広い裁量権を有しているとされていました。すなわち、就業規則には、「会社は、業務の必要に応じ、社員の職務内容及び勤務地の変更を命じることができる。社員は正当な理由がない限りこれを拒否することはできない。」といった規定が設けられ、社員に様々な職種への配属を命じたり、転勤、単身赴任による勤務地の変更を、社員の合意なく業務命令として行うことも、原則として有効と考えられてきました。
ただ、この場合も、配転命令権を制限する特別な合意がある場合には、その合意なく配転命令を出すことができなくなります。それが「限定契約」と言われるものです。限定契約は大きく分けて職務内容の限定に関するものと、勤務地の限定に関するものがあります。職務内容の限定は、従事する業務内容を一定の範囲に限定することで、社員が専門性を身に着ける場合に有利になります。また、勤務地の限定は、一定の範囲(転居を伴う転勤のない範囲など)に生活圏が特定されるため、子育てや介護を抱えている家族にとっては、使いやすい制度となります。
限定契約については、これまで締結されたケース自体は少ないですし、仮に同じ業務に就いている時間が長かったり、同じ勤務地での勤務が長かったとしても、直ちにこうした限定契約が認められるわけではありませんが、具体的な事情によっては、限定契約が認められるケースがあります。最近出された最高裁判決では、明確な書面による合意はなかったものの、技術系の資格を数多く有しており、18年間にわたって機械技術者の職種のみに従事していたことから、職種限定の合意があったと認定したものがあります(最判令和6年4月26日)。そのうえで判決は、限定契約が存在した場合には、「個別的同意なしに当該合意に反する配置転換を命ずる権限を有しない」として、同意なしに行った配転命令を無効と判断しています。
さらに、今年4月に労働基準法施行規則が改正され、労働条件通知書の記載事項のうち、「就業の場所」と「従事すべき業務」について、変更の範囲も記載することが義務付けられています(労働基準法施行規則5条)。これも、多様な働き方を促進するという観点から、限定契約があるのかどうかを、労働条件通知書の段階で明らかにしようとするものといえます。
上記のとおり、最近の「配属ガチャ」を嫌う若者にとっては、入社した後にどこで何をするのかという点は重要な関心事となっております。その点からすると、採用する企業の側としても、優秀な若者を採用するために、こうした限定契約をうまく活用していく必要があると思います。
安倍 嘉一
森・濱田松本法律事務所 パートナー弁護士。
2005年弁護士登録。経営法曹会議会員。第一東京弁護士会労働法制委員会委員。
企業側人事・労務問題を専門としており、解雇・残業代請求、労災をはじめとする個別紛争対応、
労働組合との紛争対応、懲戒や休職対応など豊富な実績を持つ。
著書として、『ケースで学ぶ労務トラブル解決交渉術』(民事法研究会、2013年)、
『従業員の不祥事対応実務マニュアル』(民事法研究会、2018年)ほか多数。