歯科医院が直面する“労務倒産”リスク いま会計事務所に求められる経営支援とは?

株式会社M&D医業経営研究所 代表取締役
(公社)日本医業経営コンサルタント協会 神奈川県支部理事・認定登録医業経営コンサルタント
木村 泰久 先生
いま、歯科医院を取り巻く経営環境は大きな転換期を迎えている。
人材の確保が一段と難しくなり、働き方も多様化するなかで、これまで成果を上げてきた成功モデルですら、もはや安定的な経営を保証するものではなくなってしまった。
こうした中、単に売上を伸ばすだけでなく、収益性を高め、持続可能な経営基盤を築いていくことが歯科医院の重要な課題となっており、会計事務所に求められる役割も大きく変化している。
そこで、歯科コンサルタントの木村泰久先生に、歯科医院経営の現状の問題点や、会計事務所に求められる役割などについて、アドバイスも含めてお話を伺った。

勤務医ひとりあたりの採用コストは100万円を突破
―― 歯科医院経営の現状について詳しく教えてください。
非常に厳しい局面に差し掛かっています。帝国データバンクの調査によると、2024 年に発生した歯科医院の倒産件数は 27 件で、前年の 15 件から大きく増加してしまいました。これは過去に例を見ないペースで、明らかに経営環境が悪化していることを表しています。
―― 倒産が増えている原因について、木村先生はどのように分析されていますか。
歯科医院の倒産というと、多くの方は「患者が来ない」ことをイメージするかもしれませんが、近年は、人件費が経営を圧迫し資金繰りが立ち行かなくなる、いわゆる“労務倒産” “人手不足倒産”が急増しています。その一因となっているのが、勤務医や歯科衛生士の人件費の高騰です。とくに勤務医の給与はこのところ急激に上昇しており、最近では臨床研修を終えたばかりの 1 年目のドクターでも、初任給が月40 万円を超えることが珍しくありません。テレビCMや交通広告で名前を見かける大型医院、有名医院の中には、これよりもはるかに高い金額を提示している医院もあるようです。採用時の広告・紹介料などを含めると、勤務医ひとりあたりの採用コストが 100 万円を優に超えてしまうため、このコストが捻出できない医院では人を採ることが極めて難しくなっています。
―― 勤務医ひとりの採用コストが100万円ですか。少し異常な状況にも見えますね。
それだけ勤務医の獲得競争が激しくなっている、ということです。ただ、その代償として勤務医に過剰な利益貢献を求めるケースが報告されています。たとえば、診療報酬を多く得るために不要な治療を提案したり、患者に対して無理に自費治療を勧めるといった、診療のモラルを損なう行為が常態化しているという声も聞こえてきます。また、こうした医院では「月100 万円」という初年度の高給に惹かれて入職しても、実際にはノルマが設けられており、翌年以降は目標未達によって報酬が下がる仕組みになっているようです。結果として、モラルを重んじる勤務医ほど長くは残れず、退職者が相次いでいるという現実もあり、非常に由々しき問題だと感じています。
――これだけ人件費が高騰すると、流行りのビジネスモデルでも上手くいかないものが出て来そうですね。
ええ、これまで代表的な成功モデルとされてきた「インプラントセンター」や「駅前の矯正歯科」は軒並み採算が悪化しており、撤退に追い込まれるクリニックも出てきています。たとえば、2021 年に年間売上 86 億円を記録し「日本一の歯科医院」と称された「東京プラス歯科 矯正歯科(医療法人社団友伸會)」は、わずか 2 年後の 2023 年に倒産しました。同法人はアライナー矯正を主力商品とし、契約単価は 70 〜80 万円と高額でしたが、勤務医の給与が高騰したことや、駅前の好立地で家賃が高く、さらに広告費用も膨らみ続けたことで収益性を確保できなかったと見られています。
それから、分院を展開して苦戦を強いられている歯科医院も増えています。分院長や勤務医の高額な給与が重くのしかかっており、売上の大部分が人件費で消えてしまうため、規模が大きいにもかかわらず利益がほとんど残らないというケースが少なくありません。実際、秋田県を拠点に関東・関西圏まで 13 院を展開していた「みちのく政宗デンタルクリニック(医療法人幸歯ノ会)が、2022 年に負債総額 9 億円を抱えて倒産しました。2021 年 8 月期の売上は 13 医院合計で約 8 億円に達していましたが、人件費負担の増大や分院展開に伴う固定費の膨張、広告費などの支出増加によってキャッシュフローが悪化。売上が立っているにも関わらず、資金繰りに行き詰まった「利益なき拡大」の典型例といえるでしょう。
今年4月の雇用保険制度改正が人材難に拍車をかける可能性も
――「人」の問題が歯科医院の成長を大きく阻害している状況ですが、改善の見込みはあるのですか。
当面は悪化していく一方だと予想しています。特に、この4 月に施行された雇用保険制度の改正は、歯科医院の人材確保に少なからずネガティブな影響があると見ています。
―― 詳しく教えてください。
今年の雇用保険制度の改正では、特に自己都合退職者への給付の充実が注目されています。これまでは、自己都合で離職した場合、一定の給付制限(待機期間や不支給期間)がありましたが、今回の見直しによって給付開始までの待機期間が短縮されたほか、給付内容そのものも手厚くなっています。そのため、勤務医や衛生士が「新しい職場を探しながら、給付を受けて生活をつなぐ」という行動がより現実的になりました。ひとことで言えば、人がさらに辞めやすくなる時代に入ったということです。これまでは生活の不安から簡単には辞められなかった方も、今後は「辞めてから考える」選択がしやすくなります。これは、医院側にとっては人材の流動化リスクがさらに高まるということです。
もうひとつ注目すべき動きとして、「スキマバイト(スポット勤務)」の拡大があります。特に歯科衛生士の採用難が続く中で、常勤雇用ではなく、数時間単位・曜日単位で働く「スキマ勤務」のニーズが高まっており、これを活用する医院が増えています。一部では、通常の給与よりも3 割ほど高い時給で衛生士を確保するケースもあり、短期的な人員補充策として注目されています。ただし、スキマバイトに依存しすぎると、スタッフの定着や院内の一体感に課題が出る可能性もあるため、あくまで戦略的に活用することが重要です。また、スキマ勤務のスタッフは医院の方針や治療方針への理解が浅くなりがちで、診療の一貫性や患者対応にバラつきが出るという指摘もあります。さらに、常勤スタッフへの負担増やモチベーションの低下を招く懸念も否定できません。こうした雇用の多様化に柔軟に対応するためにも、人事・労務の設計とコスト管理において、より高度なマネジメントが求められるようになっています。
―― スキマバイトという新たな働き方が登場したことで、常勤の衛生士の確保もさらに難しくなるのではないでしょうか。
おっしゃる通りです。スキマバイトの働き方を選ぶ歯科衛生士が増えた結果、「常勤では人が採れなくなってきている」という声も実際に聞こえてきます。自由度が高く時給も割高なスキマ勤務の普及が、常勤採用のハードルをさらに上げている現実があるようです。
―― 近年の診療報酬改定の影響はいかがでしょうか。
令和 6 年度の診療報酬改定では、在宅歯科の報酬体系が大きく見直されました。これまで収益源として機能していた訪問診療においても、加算要件や点数の見直しが行われたことで、これまで通りの運営スタイルでは十分な収益が確保しづらくなってきています。一方で「ベースアップ評価料」は、人件費上昇に悩む歯科医院にとっては追い風になりうる制度です。実はこの評価料については、厚生労働省が前年度(令和 6 年度)中に取り組みを行った医院に対して奨励金を出したこともあり、多くの医院が今年度から届出・算定を始めています。ただ、一部の医院では、ベースアップ評価料の仕組みや届出手続きについて十分な情報提供を受けられておらず、対応が遅れてしまっているケースもあるようです。これは一部の会計事務所が制度改定に十分に追いつけておらず、クライアントに対して必要な説明や支援を行えていないことが一因です。診療報酬は医院の収入に直結するテーマですから、単に「請求点数」としてではなく、経営戦略の一部としてどう活かすか、しっかり検討しなければなりません。会計事務所としても、こうした制度改定にしっかりとアンテナを張り、ドクターにとって適切なタイミングで有益なアドバイスができる体制を整えておくことが求められます。
ドクターに喜ばれる「数字に基づく支援」とは?
――ここまで、歯科医院の経営が非常に難しくなっているということでしたが、そんな中で、会計事務所にはどのような支援が求められているのでしょうか。
売上が伸びていても、思ったほど資金が残らないという悩みを抱えるドクターは少なくありません。そのため、会計事務所には「正しい申告をする」だけでなく、資金繰りや経営判断の支援が期待されています。ただ、残念ながら、歯科医院の経営に詳しい会計事務所が少ないのが現実です。ユニット数と売上・利益の関係、さらにはそれに見合った人員配置や給与バランスといった、歯科医院特有の経営構造を踏まえた視点が欠けていると、アドバイスの内容も表面的になりがちです。こうした理解の浅さは、現場の実態とのズレを生み、ドクターとの信頼関係を築くうえで大きな障壁になります。それから、私のクライアントの中には「節税についてアドバイスをしてくれない」と不満を抱えているドクターが少なくありません。期末を迎える数か月前から節税の提案を行ってくれる会計事務所は意外と少ないようで、それができる事務所は非常に高く評価されています。
―― 会計事務所にとって当たり前に求められる役割が意外とできていないならば、それを“やり切る”だけでもアドバンテージになりそうですね。
そうですね。いま会計事務所に本当に期待されているのは、「経営をともに考えてくれる存在」であることです。単に数字を処理するだけでなく、日々の判断や悩みに寄り添いながら、ドクターと一緒に医院の未来を考える姿勢が、これからの時代に選ばれる会計事務所の条件となってくるのではないでしょうか。
―― いまお話しいただいた以外に、ドクターから喜ばれるサービスがあればぜひ教えてください。

私がお勧めしたいのは、競合分析のレポートです。競合分析は、経営改善や集患戦略の立案といった場面では大変有効で、医院の現状を客観的に見直し、地域の中でのポジションを再確認する大切なプロセスです。最近は、人口動態データ、たとえば年齢構成や世帯数、昼間・夜間人口などの情報をもとに、競合医院の患者数や売上などをシミュレーションしてくれるソフトがありますが、個人的にはこれだけでは不十分だと思います。定性的なデータに加え、競合医院のホームページを確認し、診療内容や価格帯、スタッフ数、ドクターの専門分野などを調べる。
また、Googleストリートビューを活用して、医院の立地条件や駐車場の有無、周辺の生活動線を確認する。こうした調査によって得られる情報は、数字では見えない“現場感”を補ってくれます。「橋を渡った先は集患が弱い」「駅前でも駐車場がないと患者が来ない」といった現地ならではの知見は、非常に実用的です。さらに、実際の現場では、受付で患者の住所を手作業で集計し、どのエリアから来ているかを地図にプロットするといったアナログな方法が今なお有効です。こうしたデータは、診療圏の可視化や、エリアごとの集患傾向の分析に役立ちます。このように、競合分析とは、統計データと現場で得られる情報の両方を活用して、自院の立ち位置を見極め、戦略を立てるための重要な取り組みです。「この地域で勝つにはこの戦略でいきましょう」といった診療方針、マーケティング、人材戦略が一体となった提案こそが、医院にとって何より心強いサポートになります。生きた競合分析はまさに“武器”になるので、ドクターはとても喜んでくださいますよ。
「歯科経営コンサルタント養成講座」の開催が決定!
――さて、木村先生は6月からスタートする「歯科経営コンサルタント養成講座」で講師を務めていただくことになりました。これはどのような講座でしょうか。
本日ご説明したように、現代の歯科医院はさまざまな経営課題に直面しており、そのような中で成功するためには、将来の歯科医療ニーズも踏まえた緻密な戦略が必要です。しかし、ドクターが日々の治療と経営を両立することは困難ですから、適切なアドバイスができる歯科医院経営のスペシャリストが求められています。この「歯科経営コンサルタント養成講座」は、クライアントを成功医院に導くための専門知識や技術がマスターできる、本格的なスペシャリスト育成プログラムです。具体的には、歯科医院の増患対策や自費率アップの方法、経営戦略の立案、また、いま多くの歯科医院が頭を抱えている人の問題、すなわち採用や人事・労務管理、歯科医院に特化した人事評価制度の構築法など、私が現場で実践しているありとあらゆるコンサルティング技術をお伝えします。先ほどお話しした競合分析についても、私と一緒になって実際に作ってみる時間を設ける予定です。また、今回の受講者の皆様には、私のクライアント医院を見学していただき、全体ミーティングやスタッフの仕事ぶり、朝礼の様子など、成功医院の雰囲気を実際にご覧いただける機会を用意する予定です。本当に貴重な機会ですので、ご期待いただければと思います。
―― 最後になりますが、読者の方へメッセージをお願いいたします。
今回の講座は、まさに私の活動の集大成となるものです。これまで培ってきた、経営学のエビデンスに基づく確かな方法論を多くの方にお伝えしたいと思っておりますので、歯科医院に対して高付加価値なコンサルティングを提供したいとお考えの事務所様は、ぜひ受講をご検討ください。
―― 本日はお忙しい中、どうもありがとうございました。
講師プロフィール | |
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株式会社M&D医業経営研究所 代表取締役 木村 泰久
公益社団法人日本医業経営コンサルタント協会 神奈川県支部理事・認定登録医業経営コンサルタント。日本歯科医師会『歯科医療白書2008、2013』執筆委員。『成功する歯科経営戦略的リニューアルマニュアル』『歯科医院コンサルティングマニュアル(共著)』『成功する歯科経営最強のマーケティング』『患者を呼び込む医院看板のつくりかた』『病医院キャッシュフロー経営成功の秘訣60』、『医療経営白書2007、2006』など著書多数。 |
セミナー情報
今回インタビューに答えてくださった木村先生が登壇する「歯科経営コンサルタント養成講座」が、6月よりスタートします!
これまで200件を超える歯科医院を支援し、「関与した医院は必ず大型化する」と高く評価される木村先生が、現場の課題に即したコンサルティング技術を余すことなく伝授。増患対策や自費率向上、人事制度の構築、労務トラブル対応まで、実務に直結する内容を、豊富な事例と演習を通じて体系的に学ぶことができます。
講座の特徴
・開業支援から人事・労務、増患・自費対策まで、歯科医院経営を網羅する22の実践テーマを体系的に学習
・講義+豊富な演習・グループワークで、“明日から使える”実務力を確実に身につける構成
・Zoomでのライブ参加に加え、全講義は後日動画で視聴可能。繁忙な方でも自分のペースで確実に学べます
受講者には、特典として200種類以上の実務ツール(自費契約書や評価表、院内掲示物など)をデータで進呈!さらに、木村先生がコンサルティングを手がける地域一番医院や、ユニット21台の大型歯科医院の見学会にご招待。成功の現場を、実際に“見て、感じて、学べる”貴重な機会をご提供いたします。

コンサルタントとして「明日から開業できるレベル」を目指す本格プログラム
第1講:2025年6月19日(木)
第2講:2025年6月27日(金)
第3講:2025年7月1日(火)
第4講:2025年7月15日(火)
第5講:2025年7月18日(金)
第6講:2025年7月29日(火)