会計事務所が抱える採用の悩みと、解決に向けて
社会保険労務士事務所フォーアンド 代表/株式会社フォーアンド 代表取締役
小山 貴子
採用をはじめとした人事の業務に30年間携わってきました。2000年代に入る前から「人が採れない」という相談はありましたが、昨今の「人が採れない」は以前とは質が変わってきたように思います。人口構造や社会環境の変化によって「選ぶ」活動から「選ばれる」活動へとシフトしなければこの先も人の悩みは無くならないことは明らかですが、これまでを踏襲するかのように今も「選ぶ」活動をされている会計事務所が多くあるように思います。
採用市場に求めるスキルレベルの人がいないことは分かっているのに、求人広告や人材紹介会社等から「人が来ない」状態で、なかなか成果が上がらないまま、社内の誰かが辞めるとなったら補充ができず、既存のスタッフにしわ寄せ。「有休はおろか所定の休みも取りづらい」といった事情や、業務過多やプレッシャーでメンタル不調を発生させてしまったり、更なる退職者がでてしまったり。外も中もうまくいっていない状況が長く続いているお話を聞くこともあります。
求人票の内容としてもハイスペックで、もう少し幅広く募集をしてもいいのではないかと思う原稿をお見受けします。「いい人であれば少しスキルが低くても」とのお考えの方もいらっしゃいますが、「その“いい人”の判断がつかない」「応募者は大抵求めるレベルより低い方が多いので、ハイスペックの内容を維持している」等もお聞きします。少なくとも“いい人”の定義をし、明文化する必要はありそうです。“いい人”の定義も事務所によって微妙に違うものです。また、レベルが低い(と思っている)人を取り込める環境を整える工夫をしてみる価値もあるように思います。
心理学者のレヴィンが提唱している「B=f(P,E)」という公式を聞かれたことはありますか?Bは Behavior(行動)、 P はPerson(個人特性:性格、価値観、態度など)、EはEnvironment(環境、状況)。人の行動は、その人の性格特性と置かれている環境との掛け合わせ。いい人はいい環境にいたら、いい行動を取る。いい人がよろしくない環境にいたら・・・という問いもたちます。個人的には「この世に根っからの悪い人というのはいるのだろうか?」という思いもあります。「性善説」というよりも「性弱説」を唱えています。人は誰しも弱いところがありますが、周りとの繋がりや支えが強固な環境にあれば、その人の振る舞いは必ず良い方に変わる(時間がかかるかもしれませんが)。
そんな図式を意識しながら、採用をはじめとした人事を見ていくと、今から取り組みたいこと、取り組めること、取り組まねばならないことが浮かんでくるのではないでしょうか。
さて、次に「選ばれる活動とは、具体的にどうしたらいいか?」という質問にお応えしていきたいと思います。所長先生だけではなく、「うちの事務所においでよ」「あの事務所はいいよ」という口コミを既存スタッフやお取引先をはじめとした関係者にどうしたら広めてもらえるようになるか?
会計事務所以上に求人倍率の高い業界、それは運送業と建築業だと思いますが、その業界の中でも求人にあまり困っていない会社もあります。ここで、ある一つのエピソードをご紹介します。私の顧問先の建築会社に、ある時27歳の美容師が転職してきました。その美容師が「以前、うちの会社に勤めていたスタッフが僕の所に毎月髪を切りにきてくれていたのです。話をしてくれるのはほとんど転職先の会社のこと。それで興味を持って転職することにしました」と話をしてくれたそうです。
大阪にはドライバーを3名募集したら、あっという間に50人が応募してくる会社もあります。常に人手不足の会社がある一方で、どんな業界内でも求人に困っていない会社、定着率が高い会社があるのです。困っていない会社には、以下のような傾向があるように思います。
◎採用:面接に時間をかけている。入社する前にご家族との関係を紡ぐ動きをしている。
◎教育・育成:丁寧。業務教育もあるが、人の教育がされている。5S(整理・整頓、清掃、清潔・躾(しつけ)をやっていることも多い。お客様に徹底的に向き合う仕組みがある。
◎労務管理:給与計算が正確。経営者と従業員間で良い対話がされていて、従業員の「困った」に経営者も一緒に向き合っている。情報が透明化されている。お客様からの「どうしても」というオーダーには真摯に答えていて、残業もあるが、常態化はしていない等。
「なんとか人に来てもらえるようにしたい」という事務所様にはご状況によってどこから取り組むのかはまちまちですが、ある組織はまず業務分析からスタートし、「本当に必要な業務とは?」という視点でやる必要がないものを省いたり、クラウド化して誰でも情報にアクセスできるようにしたり、個々人の業務の偏りを標準化したり(客数や業務の分量が適正か等)しました。「紺屋の白袴」とはよく言ったもの。お客様の業務分析をされたことのある先生も多くいらっしゃると思いますが、所内でそれができていますか?
別の組織は、個々人のスキルを透明化するところからスタートし、「好き・嫌い、得意・不得意」の2軸4象限で業務をプロットし、更に伸ばしたい能力や今後どの能力を身に付けていきたいかを徹底的に対話しました。その情報をチーム全体で共有すると、周りの人はその人に役立つ情報があれば都度提供したり、自らスキルを伸ばす動きが出てきたりしたのです。
また別の組織では、ハラスメントの問題が頻出する傾向にあったこともあり、心理的安全性を高めるために、「まずはスタッフのことを知る。皆で3年後のありたい姿、組織像を作る」ということを目的に1泊2日で合宿をしました。そこから一気に言いたいことを言い合えることができるようになった等の事例があります。
まだ「選ぶ」活動しかできていない事務所は「選ばれる」活動へ、まずは一歩を進めてみませんか?
小山 貴子
社会保険労務士事務所フォーアンド 代表/株式会社フォーアンド 代表取締役
1992年4月~2004年1月 リクルート
HR事業部に12年在籍。入社時は創刊したばかりの求人誌「ガテン」の営業に配属。
その後、中途全般、新卒、教育の営業と業務範囲を広げ、
一人親方から上場企業まで2,000社を超えるお客様とやり取り。
産休・育休取得後、復帰し、1年弱で退職
2005年3月~2011年12月 広告制作会社:株式会社揚羽(プロダクション)
人事の責任者として、社員4名から37名までを経験
2011年3月~2012年6月 社労士事務所:ブレインコンサルティングオフィス
2012年7月 小山貴子社会保険労務士事務所設立
2017年7月 株式会社フォーアンド設立、社労士事務所フォーアンド社名変更
<現職>
社会保険労務士事務所フォーアンド 代表、株式会社フォーアンド 代表取締役
株式会社ツナググループ・ホールディングス 非常勤監査役
明治機械株式会社 取締役(監査役等委員)
公益財団法人 東京都中小企業振興公社 創業ステーション 専門相談員
一般社団法人 日本テレワーク協会 客員研究員等
セミナー情報
今回ご寄稿いただきました小山貴子先生のBizWebinar「ミスマッチ防止と定着率向上の秘訣を伝授! 求職者に選ばれる強い組織になるための「採用担当者養成講座」」が2024年8月27日(火)10:00~17:00 に開催されます!
採用において知っておくべき基礎知識を習得し、職場環境を整えるための採用、教育・育成、労務管理の方法を知ることで、人の悩みから解放され、強い組織づくりを実現しませんか?採用のみならず、教育・育成、労務管理を見てきた社労士ならではの切り口で、今こそ求められる採用の在り方をお伝えします。ぜひ、多数の方々からのご参加をお待ちしております。