減税と現金給付はどっちがいいのか

景気が悪化したとき、政府が打ち出す経済対策として必ず話題になるのが「減税」か「現金給付」かという議論です。どちらも国民や企業の手元に資金を届ける手段であり、一見すると同じような効果があるように思えます。しかし、その目的、即効性、経済波及効果、そして財政への影響などを比較すると、実は大きな違いがあります。
さらに、政治的な思惑や選挙とのタイミングがからむことで、どちらを選ぶかという議論はますます複雑になります。お金を扱う職務につく人は、政策の影響を正しく把握し、クライアントや経営者に対して的確な助言を行う必要があります。
この記事では、減税と現金給付それぞれのメリットとデメリット、国内外の事例を踏まえながら、今の日本にとって、よりふさわしい政策の在り方について考えてみましょう。
目次
減税について考える

まずは、減税について考えてみましょう。そもそも減税とはどのような場合に行うべき政策なのかから始まり、メリットとデメリット、成功事例や失敗事例まで見ていきます。
減税とはどのような時にする政策か
減税は、経済活動が冷え込んだ際に、その回復を促すための手段として用いられます。所得税・法人税・消費税といった直接税・間接税の税率を引き下げることで、企業や個人が自由に使えるお金(可処分所得)を増やし、消費や投資を促進しようというものです。
とくに景気後退局面においては、「民間主導の回復」を促す手段として減税が採用されることがあります。税の軽減が民間の資金余力を生み出し、それが内需拡大へとつながる構造を意図しています。また、構造改革の一環として、特定産業への投資を誘導するための税制優遇措置も「戦略的な減税」の一種とされます。
日本でも過去に「研究開発減税」「設備投資減税」などが実施されてきました。つまり減税とは単なる負担軽減ではなく、経済全体の構造に働きかける重要なツールなのです。
減税のメリット
減税のメリットは、制度設計が確立していれば比較的円滑に実施できる点にあります。行政が直接現金を配る必要がないため、手続き面の効率が高く、特に所得税や法人税の減税は、既存の申告制度に組み込むだけで済みます。納税者が「気づかぬうちに恩恵を受けていた」という事例も多くあります。
また、消費税のような間接税を減税する場合には、すべての消費者に恩恵が行き渡るため、全体の景況感を底上げしやすいという利点もあります。さらに、法人税減税は企業の内部留保を増加させ、設備投資や雇用創出といった中長期的な経済成長に寄与する可能性も高く、将来的な税収増にもつながるという期待が持てます。
税理士としては、顧問先企業の投資判断や節税戦略に大きな影響を与える制度であるため、制度の動向を注意深く見守る必要があります。
減税のデメリット
一方で、減税にはいくつかの問題点もあります。まず、政策としての即効性が低いことが挙げられます。たとえば法人税を引き下げても、企業がその分を即座に投資や賃上げに回すとは限りません。消費税を引き下げても、価格への転嫁が不十分であれば消費者にとっての実質的なメリットは限定的になります。
たとえば、定価で消費税10%税込み1000円の商品があったとして、消費税ゼロになったとき小売りの現場で909円か910円に改定されるのかを想像するとちょっと現実的でないような気がします。
また、恒久的な減税と受け止められると、将来的な財政再建に向けた信頼が損なわれる可能性もあります。国債依存が進み、財政規律が緩むことへの警戒感から、金融市場での信認を損なうリスクもあるのです。
さらに、減税が所得や業種によって偏った効果をもたらす場合、公平性への疑問が生じる可能性もあります。減税政策を行う際には、制度の設計だけでなく、国民への丁寧な説明と理解が不可欠です。
減税の成功例と失敗例
成功例としてしばしば挙げられるのが、2001年にアメリカのブッシュ政権が実施した大型減税です。所得税・法人税の税率引き下げを軸にしたこの政策は、短期的に消費と雇用を押し上げ、一定の景気回復効果をもたらしました。また、トランプ政権期の法人税率の大幅引き下げも、米国企業の国内回帰を後押しし、株式市場に好影響を与えたと評価されています。
一方、実行しなかったので失敗といえるのかわかりませんが、コロナ禍で強く高まった日本における消費税減税の議論は、最終的には見送られました。理由は制度設計の複雑さと、税率変更による業務負担の増大です。たとえばPOSシステムの変更、表示価格の修正など、店舗現場への影響が大きく、「準備が間に合わない」という声が全国の小売事業者から上がりました。結果として、即時性を要する政策としては適さないという判断が下されたのです。
現金給付について考える
次に現金給付について、減税と比較してみるために同じような視点で見ていきます。
現金給付とはどのような時にする政策か
現金給付とは、政府が個人や世帯に対して直接的に金銭を支給する政策です。もともとは災害やリーマンショックのような経済危機時に、即時的な生活支援として実施されることが多かった施策ですが、2020年の新型コロナウイルス感染拡大を契機に、主要各国でより積極的な活用がなされるようになりました。
現金給付は「一律給付」と「対象限定型給付」に大別できます。全世帯に配布する方式は行政手続きが比較的簡素でスピード感がある一方、所得制限を設けて低所得者に絞る方式は財源を効率的に使えます。給付の方法や範囲によって、政策の目的と効果が大きく異なるため、制度設計が極めて重要です。
また、地域商品券や電子マネーの形で支給する「用途限定型給付」もあり、これにより消費の地産地消を促す政策効果も狙えます。
現金給付のメリット
現金給付の最大のメリットは「即効性」にあります。税制改正のような議会審議や制度変更を待たず、スピーディーに個人の生活に直接資金を届けることができるため、特に緊急時には有効な対応手段となります。
また、給付金は所得の少ない層ほど消費に回る割合が高いため、マクロ経済的にも波及効果が大きくなります。可処分所得の増加によって消費活動が活発化し、地域経済の回復を後押しすることが可能です。とくに日本のように消費が伸び悩んでいる国においては、この即効性の高さは見逃せない要素です。
さらに、納税額が少ない層にも恩恵が行き渡る点は、減税との明確な違いであり、所得再分配機能という観点でも現金給付は一定の評価を受けています。
現金給付のデメリット
一方で、現金給付は「一過性の措置」であるため、恒常的な経済成長や雇用創出にはつながりにくいという側面があります。給付後に消費が一時的に伸びたとしても、継続的な経済活性化に結びつけるには限界があります。高所得層にとっては「貯蓄に回るだけ」という批判も根強くあります。
また、行政のオペレーション能力にも大きな負荷がかかります。所得制限を設ければ設けるほど、申請や審査のプロセスが煩雑になり、支給までに時間がかかる傾向があります。2020年の特別定額給付金では、自治体間での対応速度の差が問題となりました。
さらに、繰り返し現金給付を行えば、国民の間に「次もあるだろう」という期待感が生じ、財政規律を損なうリスクも否定できません。制度としての整合性と透明性が問われる政策です。
現金給付の成功例と失敗例
代表的な成功例として知られているのは、2008年のアメリカによる「経済刺激小切手(Stimulus Check)」です。サブプライムローン問題に起因する経済危機に対処するため、所得に応じた段階的な給付を行い、金融危機下の個人消費の急落をある程度緩和しました。2020年にも複数回にわたりコロナ禍対策としての現金給付が行われ、迅速な政策執行によって経済への下押し圧力を一定程度抑制したと評価されています。
一方で、日本では2010年に導入された「子ども手当」が制度変更を繰り返し、最終的に信頼を失う結果となりました。理念としては少子化対策・子育て支援を目的としたものでしたが、所得制限や地方負担の問題などが噴出し、安定的な制度運営が難航しました。現金給付を恒久化することの難しさを示した一例です。
いま日本はどちらにすべきなのか?

2025年現在、日本は複数の課題を同時に抱えています。物価上昇、実質賃金の伸び悩み、エネルギー価格の高止まり、地方経済の停滞。いずれも家計と企業の経済活動に影を落としています。これらの状況を踏まえると、「現金給付か減税か」という単純な二択ではなく、局面ごとの使い分けが必要だと考えられます。
たとえば、急激な物価上昇に対しては、低所得層に絞った現金給付による生活支援が有効です。これは政治的にも支持を得やすく、早急な対応が求められる分野です。一方、企業の競争力強化や地方創生を目的とした中長期の施策としては、設備投資減税や研究開発減税といった構造的な減税が有効です。
また、選挙前のバラマキと批判されることのないよう、政策目的とその効果をデータで丁寧に示し、財源とのバランスをとった説得力ある政策設計が必要不可欠です。税務・会計に携わる人は、こうした政策の影響を顧問先や経営者に的確に説明できるよう、両政策の本質を正しく理解しておく必要があります。
まとめ
減税と現金給付は、どちらも国民や企業に資金を届け、経済の回復を目指す政策ですが、その本質と効果は大きく異なります。減税は制度設計に時間がかかるものの、中長期的な経済成長への貢献が期待されます。現金給付は即効性に優れるものの、一時的な効果にとどまりやすく、財政負担とのバランスが課題です。
政府の方針や識者の論調をまとめると、いま日本が必要とするのは、短期の生活支援と長期の成長戦略を並行して進める「複線的な政策展開」です。税制改正の動向や給付制度の設計には常に注目し、それぞれの政策の利点と限界を的確に評価することが、専門家に求められる姿勢ではないでしょうか。
税務に携わる者は、制度の受け手であると同時に、政策の現場に近い実務家でもあります。だからこそ、クライアントに対しても、国の政策に対しても、冷静かつ建設的な視点を持って関与していくことが求められています。

税理士.ch 編集部
税理士チャンネルでは、業界のプロフェッショナルによる連載から
最新の税制まで、税理士・会計士のためのお役立ち情報を多数掲載しています。
運営会社:株式会社ビズアップ総研
公式HP:https://www.bmc-net.jp/