どうしてこんなに家賃が上がるのか 家賃値上げの問題点と交渉のルールについて

2024年、東京都内の賃貸マンションで「家賃が2.5倍に跳ね上がった」という報道が世間を騒がせました。月7万2500円で暮らしていた住人が、更新時に提示された新家賃はなんと19万円。これが現実に起きているという事実に、多くの人が驚きと不安を覚えました。
この件は、このマンションを購入した中国人オーナーによる極端なケースで、その後値上げは取り下げられたとのことですが、多くの人は他人ごとではないとの感触を持ったことでしょう。
実は、都内ではじわじわと家賃の上昇が続いています。インフレ、再開発、人の流動性の変化など、さまざまな要因が重なり合い、特に人気エリアでは家賃が大きく変動し始めています。
本記事では、こうした家賃値上げの背景にある実態や、そもそも家賃がどのように決まり、どんなときに値上げが可能なのか、借地借家法に基づいた法的ルールと判例を交えながら、詳しく解説します。
目次
都内マンションの家賃の現状と推移

東京都心部の賃貸住宅の平均家賃は、2023年から2024年にかけて明らかに上昇傾向を強めています。特に港区、渋谷区、中央区などの再開発が進む地域では、新築・築浅物件を中心におおむね5年前の1割以上の上昇が確認されています。(参考:マンション賃料インデックス | 株式会社三井住友トラスト基礎研究所)
賃料はエリアや築年数、間取りによって異なりますが、LIFULL HOME’Sのデータによれば、23区内の1LDK(シングル向け物件)の家賃平均はおおよそ11〜14万円台で推移しており、明確な上昇傾向が続いています。
実際、「更新時に5千円も値上げされた」「告知もなく、いきなり新しい家賃が提示された」といった声が聞こえてきます。
家賃はどのように決まるのか
家賃の額は、民法上「契約自由の原則」に基づき、貸主と借主が合意して定めます。ただし、賃貸住宅については借地借家法という特別法があり、賃借人を保護する立場から一定の制限がかけられています。
新規契約時には双方の自由意思で家賃を設定できますが、契約期間中または更新時の値上げにはルールがあります。借地借家法第32条では、一定の条件のもとで賃料の増額が認められていますが、貸主が一方的に決定できるわけではありません。実際のところ、賃料変更は裁判所や調停委員会でも頻繁に争われる分野であり、非常にセンシティブな領域といえます。
家賃値上がりの原因を探る
ではどうして家賃は上がってしまうのでしょうか。家賃が上がる原因について流れているいくつかの説を紹介していきます。
物価との連動説
エネルギー価格や建築資材、人件費の上昇によって、建物の維持コストが高騰しています。これらの費用は本来オーナーの経費ですが、それを理由に家賃の増額を申し出るケースが増えています。実際には周辺の相場や物件の状態と比較して判断されますが、相場そのものが上がってきていると言えます。
コロナ明けと人の流動説
パンデミック中は郊外や地方への移住が進みましたが、2023年以降は都心回帰が目立ちます。外国人駐在員の増加や出社回帰の動きによって、都心部の物件は再び競争が激しくなり、家賃も上がりやすい状況となっています。
老朽化による修繕費増加説
築年数が経過した物件では、大規模修繕や耐震補強、設備更新が必要になります。耐震基準を満たしていない建物は補強するか立て直すしかなく、その費用は結局家賃へと転化されるでしょう。
再開発原因説
都市部では駅前再開発やインフラ整備が進み、地域全体の地価や家賃相場が上がる傾向にあります。これに伴い、築古物件でも「エリアの相場に合わせたい」との理由で値上げが試みられます。
建築費用高騰による影響説
コロナ禍以降あらゆる建設用の物資が値上がりしており、以前より新築計画をもっていた人たちが断念する事態が多く発生しています。これは個人用住宅にも言えることで、持ち家を建てる計画を断念した人たちが、賃貸を探す傾向が強まり、需要があがっていると思われます。
家賃値上げの問題点

日本の賃貸借契約では、貸主と借主が自由に契約条件を定める「契約自由の原則」が認められていますが、住宅に関する賃貸借契約は借地借家法によって借主が強く保護されており、貸主の一方的な家賃値上げは制限されています。
家賃の値上げには合理性が必要(借地借家法第32条)
借地借家法第32条では、次のように定められています。
建物の借賃が、土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる。
この条文が示すとおり、家賃の値上げを請求するには「現行家賃が不相当である」という状態の立証が求められます。その判断には、次の要素が総合的に考慮されます:
周辺の同種建物との賃料比較(相場)
不動産が実際に取引される価格には必ず「相場」があります。周辺の同様の建物の賃料と比較して同等かどうかを判断材料とするわけです。それに加えて以下の点も考慮される場合があります。
- 建物の築年数・設備・修繕状況
- 経済情勢の変動(物価や税負担)
- 当事者双方の経済的事情
合意なき値上げは無効。裁判所で判断される
貸主が値上げを申し出た場合、借主が同意しなければ、その時点で家賃は上がりません。貸主は家庭裁判所に調停を申し立て、最終的には訴訟で判断を仰ぐ必要があります。
値上げは将来に向けた効力しか持たない
裁判所で増額が認められたとしても、原則として将来に向けた効力しか持ちません。値上げ通知から判決確定までの期間にさかのぼって請求することは、特段の合意がない限りできません。
契約更新拒否には「正当事由」が必要
借主が値上げに応じない場合、貸主が契約更新を拒否するには正当事由が必要とされます。単に収益性が下がった、相場に合わせたいという理由だけでは足りず、立退料の提示など、社会通念に照らした総合判断がされます。
家賃の増額について争われた代表的な判例
【貸主が原告となって家賃の増額を認めさせた判例】
名古屋地裁 令和元年7月26日判決(事件番号:平成29(ワ)1057号)
貸主が借地借家法第32条に基づき、現行賃料が周辺相場に比べて著しく低いとして増額請求を提起。裁判所は不動産鑑定評価を基礎とし、差額分配法などを活用して適正な増額幅を認定し、増額を認容しました。
【借主が原告となって家賃の減額を認めさせた判例】
最高裁判所 令和6年6月24日判決 (事件番号:令和4年(受)第1744号)
神奈川県の住宅供給公社は平成16年から30年までの間、3年ごとに、各室の家賃を改定する通知をし、最初が月額3万9530円~5万6350円であった家賃は、最終的に月額6万1950円~8万6910円に値上げされました。
住民はこれら家賃を払ってきましたが、「適正賃料を超える部分は効力を生じない」と主張、家賃の額の確認と過払家賃の返還等を求めて提訴していたものです。
二審では、「住民側は住宅供給公社に対して家賃の減額請求はできない」との判決でしたが最高裁では「原判決の棄却」が言い渡され高裁へ差し戻しとなりました。たとえ相手が住宅供給公社であっても住民は家賃の減額請求ができるとの最高裁の判決が出たのは初めてであり画期的だとして話題になりました
このように、家賃の値上げは、貸主の意向だけで実現できるものではなく、借主の合意か、もしくは裁判所の判断が必要となります。法律の枠組みを理解せずに一方的な通知や強行に出ると、貸主側が不利な立場に置かれる可能性もあります。
顧問先や経営者から相談を受ける際には、上記の法的構造と判例に基づいて、冷静かつ根拠ある助言が求められます。法律と事実に基づく対応こそが、家賃交渉の健全な解決への道となります。
上手に交渉する方法とは
家賃の値上げ通知を受けたとき、借主が冷静に対応することが結果を左右します。まず必要なのは、通知の内容と理由を丁寧に読み解くことです。たとえば「周辺相場に合わせたい」「修繕費がかさんでいる」といった説明があるかどうかを確認し、明確な根拠があるかを検討しましょう。
次に、近隣の同種物件の家賃相場を調べ、現在の家賃とどの程度乖離しているのかを把握します。これは交渉の場で強力な裏付け資料となります。加えて、自室の設備や管理状況、築年数などもチェックし、値上げに見合う改善がなされたかどうかを確認するのも重要です。
交渉の場では、「この条件なら応じられる」「家賃の値上げに納得できないが、この期間なら継続して住みたい」といった代替案を提示すると、単なる拒否よりも合意の余地が広がります。
また、感情的なやりとりを避け、冷静かつ事実に基づいた主張を心がけましょう。話し合いが難航する場合は、第三者(税理士や弁護士、不動産の専門家)に相談するのも有効です。適切な知識と資料があれば、借主にも十分交渉の余地はあります。
まとめ
家賃の値上げには、物価動向や修繕費、地域の再開発などさまざまな要因が関わっています。
この物価高の中、ある程度はしかたがない面もあるのは理解できますが、値上げの額が妥当なのかどうかは知りたいところです。
法的にはあくまで合理性と合意が前提です。借地借家法によって賃借人の権利は保護されており、貸主の一方的な通告で家賃を上げることはできません。ただし裁判では借主が原告となって家賃の増額を拒否するのは極めて難しく、令和6年に初めて最高裁まで争われた事件の判決が出て話題になったほどです。
貸主と借主のどちらにとっても、法令に基づいた丁寧な対応と冷静な交渉が重要です。とくに契約更新時や賃料改定の場面では、事前に法的知識を確認し、必要に応じて専門家の助言を得ることがトラブル回避につながります。
お金に携わる業務をするものがこうした状況に立ち会う場合には、収支バランスや物件価値の分析にとどまらず、実務と法的ルールをつなぐ通訳者としての役割が期待されます。

税理士.ch 編集部
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