なぜ給料は上がらない?実質賃金がマイナスになる要因と家計への影響を解説

厚生労働省は7月7日、5月分の毎月勤労統計調査(速報)を発表しました。物価の影響を考慮した働き手1人あたりの「実質賃金」は前年同月より2.9%減り、5カ月連続のマイナスです。
名目賃金は、労働者が実際に受け取る金額を指すのに対して、実質賃金は、この名目賃金を物価変動で調整したものです。物価が上昇すると、同じ賃金でも購入できる商品やサービスの量が減るため、実質賃金は低下します。実質賃金の低下は、生活レベルの低下を表していると言っても差し支えないでしょう。
なぜ、実質賃金は下がり続けているのでしょうか。
この記事では、実質賃金低下の要因や、インフレに負けない家計の管理、税理士の立場から提案できる家計管理術などについて、詳しく説明しています。
目次
実質賃金がマイナスになる2つの要因とは?

昨今では、賃金は緩やかに上昇しつつあるのになぜ実質賃金はマイナスになるのでしょうか。実質賃金が下がり続ける要因と、いつまでたっても生活にゆとりがでない要因を詳しく説明します。
物価上昇が賃金アップに追いつかないインフレ圧力の強さ
実質賃金が連続してマイナスを続ける大きな要因の一つに、インフレ圧力が挙げられます。
主なインフレ圧力の2つの要因をピックアップしました。
物価上昇の要因と現状
現在、我が国では2025年5月に消費者物価指数が前年同月比3.5%上昇になるなど、高止まりが続いています 。物価上昇の主な要因は、日本が大きく依存する原油や原材料の国際価格高騰と、円安の進行です 。
円安とコスト高により輸入コストが増大し、企業がそのコストを製品価格に転嫁せざるを得ない状況が、とどまるところを知らないインフレの大きな原因です。
かかり続けるインフレ圧力は、消費者の負担増に繋がっています 。
賃金が上がらない理由
物価が上がれば、比例して賃金も上がるのが経済の循環ですが、なぜ日本国民の賃金は上がらないのでしょうか。
賃金が上がらない主な理由は、企業の「価格転嫁の重荷」と「労働生産性の伸び悩み」にあります 。特に中小・零細企業は、輸入原材料費の高騰分を十分に価格に転嫁できず、収益が圧迫されているため、賃上げの余力は限定的です。
日本の低い労働生産性も大きな問題のひとつです。生産性の上昇率も鈍いため、賃金上昇の原資が十分に生み出されていません 。
さらに、労働分配率の低下も問題です。現時点では、企業が生み出した売り上げが労働者に十分に還元されていません 。
可処分所得の減少
可処分所得の減少も実質賃金がマイナスになる原因です。賃金は緩やかに上昇しているものの、なぜ可処分所得が減っているのでしょうか。
税金と社会保険料の増加との実質賃金の関連性について、詳しく説明します。
税金や社会保険料の増加
可処分所得の減少の大きな要因は、税金と社会保険料の負担の増加です。直近では、賃金は緩やかに上昇しつつあるものの、過去30年では日本の労働者の賃金は減少傾向でした。
それにもかかわらず、社会保険料や税負担は増加し続けています。結果として各世帯の可処分所得が大きく減少しました。
特に社会保険料の負担増は顕著です。過去30年間で社会保険料は50%増加したとされています 。厚生年金保険料率は2017年9月まで段階的に引き上げられ、現在は18.3%で固定されています 。
また、消費税率は1989年の3%に始まり、2019年10月には10%へと段階的に引き上げられてきました 。税金や社会保険料の負担増が、名目賃金の上昇分を上回り、実質的な購買力を低下させています。
実質賃金の低下が生活や経済に与える影響
実質賃金が下がり続けると生活や経済全体へどのような影響を及ぼすのでしょうか。
それぞれ詳しく説明します。
家計へのダイレクトなダメージ
実質賃金の低下は、物価上昇に賃金が追いつかない状況を表しています。実質賃金低下による家計へのダメージは、深刻なものです。
賃金が増えてもそれ以上にモノやサービスの値段が上がれば、買えるものが減り、生活水準が実質的に下がっていきます。少しづつ所得は増えているものの、なぜか生活が楽にならないという具合です。
実質賃金の低下によって食費や光熱費などの基本的な支出が圧迫され、貯蓄や将来への投資が難しくなるなど、将来の見通しが悪くなっています。
経済全体への悪影響
実質賃金の低下は購買力の低下を意味します。
実質賃金が低下し続けると消費意欲が低迷し続けるため、経済全体への影響が避けられません。消費はGDPの大きな部分を占めるため、落ち込むと企業は生産活動を縮小せざるを得なくなります。
実質賃金の低下は、景気全体が停滞する悪循環に陥る可能性があります。企業にとっては実質賃金の低下によって人件費負担が相対的に軽くなる点はメリットです。しかし、売り上げの低迷が続けば設備投資や新規雇用を行う余裕がなくなります。
実質賃金の低下が続くと経済成長の鈍化だけでなく、デフレ経済へ逆戻りしてしまうかもしれません。上がらない賃金による労働者のモチベーション低下も労働生産性上の懸念点です。長期的な経済活力の低下を招く恐れがあります。
実質賃金低下に負けない。個人でできる家計管理術

上昇の兆しが見えない実質賃金低下に対して、何もせずにいると生活は苦しくなるばかりです。
個人でできる家計の管理術を3つのポイントにて、詳しく説明します。
- 無駄な支出の見直し
- 収入を増やして余裕を作る
- 資産運用の有効活用
無駄な支出の見直し
実質賃金が低下する局面では、世帯の購買力を維持するために支出の見直しが必要です。
まずは、毎月の支出を家賃、ローン、通信費などの固定費と、食費や娯楽費、交通費などの変動費に分け、それぞれを詳細に把握しましょう。
サブスクサービスや不要な保険など、無意識に払い続けている固定費は要チェックです。なくても困らないものは削除します。変動費は家計簿アプリなどを使って、日々の出費をチェックしましょう。
自炊を増やす、格安スーパーを利用する、レジャー費を見直すといった工夫で、着実に支出を抑えることができます。手堅い支出の見直しで、実質賃金低下による家計への影響を最小限に抑えましょう。
収入を増やして余裕を作る
家計の改善には、支出の見直しだけでなく収入を増やす努力も必要です。
まずは、自分のスキルアップに勤しみ、資格取得や専門知識の習得を通じて、本業での昇給や昇進を目指します。企業によっては、資格手当や役職手当など、スキルに応じた報酬制度があるため、積極的に活用した方が良いでしょう。
次に副業を始めるのも有効な方法です。クラウドソーシングを活用したデータ入力や簡単なライティング、自身の特技を活かしたハンドメイド品の販売、オンライン講師など、選択肢は多いです。現代は昔に比べて副収入が得やすくなりました。
副業は新たな収入の柱を確立するだけでなく、新たなスキルや経験を身につける機会にもなります。
資産運用の有効活用
実質賃金の低下に歯止めがかからない昨今では、資産運営は家計を守るための有効な手段のひとつです。
インフレに対抗するためには、預貯金だけでは心許ないです。お金にも働いてもらう感覚が必要です。具体的には、NISA(少額投資非課税制度)やiDeCo(個人型確定拠出年金)のような税制優遇のある制度をうまく運用すると、効率的に資産形成を進められます。
投資で得た利益が非課税になる他、かけ金が所得控除の対象となるメリットがあります。ただし、資産運用にはリスクも伴うため、自身の家計状況やリスク許容度に合わせて、無理のない範囲で始めることが大切です。専門家への相談も有効な選択肢となるでしょう。
税理士の視点から提案できる家計の見直し
用意されている所得控除制度の有効活用は一つのポイントです。
所得控除とは、個人の所得から一定額を差し引くことで、課税対象となる所得を減らし、結果として所得税や住民税の負担を軽減する制度です。
所得控除制度には、生命保険料控除、医療費控除、iDeCoの掛金控除、ふるさと納税による寄付金控除など、様々な種類があります。幾つかの控除制度を適切に活用することで、支払うべき年金が減り、その分を家計に還元できるというわけです。
税理士はクライアントの家計状況や家族構成、保険の加入状況などをヒアリングしつつ、FPのような提案をすることもできます。控除額を最大化するためのアドバイスや、確定申告のサポートは税理士ならではの強みです。
知らずに適用できる控除を見逃しているケースも多いため、専門家らしく的確な提案をすることで、大きな信頼を勝ち取ることができます。
まとめ
「やがては賃金の上昇が物価上昇を抑えて家計は楽になる」という考え方は楽観的かもしれません。少子高齢化の社会構造が解消されなければ、社会保障費の負担が増え続けて家計を圧迫し続けます。
インフレ圧力が後退しても、よほどの賃金アップが実現できなければ、実質賃金の上昇幅は限定的となるかもしれません。
賃金アップには労働生産性の向上も重要です。労働生産性の向上は、我が国の喫緊の課題でもあります。数多くの課題を抱える日本が、全てをクリアして好景気へ転換するのは簡単なことではありません。
低迷する景気との付き合いはしばらくの間続きそうです。それぞれの家計管理術で低迷する景気をうまく乗り越えて行きましょう。

税理士.ch 編集部
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