いまさら聞けない政治と金の問題~裏金と不記載の違いとは
政治と金。この二語をつなぐ溝は、我々税務会計を生業とする者の身近な領域にまで深く及んでいます。
企業であれば少々のおかしな資金の流れも監査や税務調査で浮かび上がるものですが、政治の世界ではそれが「裏金」と呼ばれ、「不記載」と呼ばれ、多くの専門家が言葉の定義に迷う対象となります。日々税務署の対応を気遣いながら細心の注意を払って帳簿を付けているこのコラムの読者は、こういった類のニュースをおそらく白い目でご覧になっているのではないでしょうか。
今回は、私たちの職掌である「数字」「帳簿」「報告書」という鉄則から、政治資金の世界に潜む二つのキーワード、「裏金」と「不記載」を対比し、そして本法の観点から、政治団体・議員事務所などの会計処理にどう臨むかを整理してみたいと思います。
目次
「裏金」とはどのようなものか
「裏金」という語が新聞紙面やテレビ画面で飛び交うとき、それはまるでブラックボックスの中身を指すかのように語られます。帳簿には載っていない収入、使途不明の支出、報告書とは異なる資金の流れ。これらが裏金という言葉の背後に横たわる実像です。たとえば、ある政治資金パーティーで「予定より多く売れたパーティー券」の一部が議員やその派閥の手元に流れ、報告上は少なく記載されていたという報道もあります。
つまり、裏金というのは「記載しない・隠す」という意図を伴った資金の流れであり、単純なミスや漏れというだけでは片付けられない、ある種の“構造”を伴っているのです。会計処理の観点から言えば、次のような特徴があります。
- 帳簿・通帳・証憑という通常のトリプルチェックのうち、少なくとも一つが欠落している。
- 最終的な資金の使途が明らかでないか、説明が困難である。
- 報告書上の数字と実際の資金残高・流出入の整合性が大きく乖離している。
このような構造があるため、監査のために関与するとしたら「帳簿外収入」「使途不明」「手元に残った自由裁量的支出」といった疑義を意識する必要があります。一般企業会計においては、税務的に問題が生じるため、決算時に監査法人や税理士などから指摘が入ることを意識して気を付けるべきところです。
しかしながら、法人税等を払うこともない政治資金の世界では報道を見る限りどうもこのあたりが緩いように見受けられます。いざ指摘されてから報道陣の前で言い訳に終始し、信用を毀損してしまうケースをいくつも見てきました。これらのケースの存在は「政治と金の問題」として一般的になりつつあります。そして法令上の報告義務違反になる可能性があるのはいうまでもありません。
「不記載」とは何を指すか
一方、「不記載」という言葉は、報告義務を負う政治団体・議員の収支報告書において、本来記載すべき収入・支出が記載されていない、またはそもそも提出しなかった、という行為を指します。通称「政治資金規正法」(以下「本法」)では、収支報告書の作成提出義務、記載すべき事項の明示、虚偽記載・不記載を規制しています。
例えば、「政治団体が受け取った寄附金を報告書の収入欄に記載しなかった」「パーティー券の売上を少なく記載した」「提出期限内に報告書を提出しなかった」という行為が典型です。
こうした不記載は、故意であろうとなかろうと、報告義務違反であり、法定の罰則対象となる可能性があります。実務の現場では、「記載漏れのまま放置されていた」「提出したが訂正されていない」ということで、帳簿と報告書との整合性を疑われるケースも少なくありません。
両者の違いを整理して読み解く

ここまで整理した「裏金」「不記載」を、あえて並べてみましょう。そして、どう読み解くべきかを考えます。
不記載とは、主として「記載すべき事項を報告書に反映させなかった」という形態を指します。記載漏れ、報告漏れ、あるいは提出忘れという可能性も含まれます。
一方で裏金とは、その背後に「記載しないで手元に残す」「自由に使える資金にしてしまう」といった意図、あるいは構造的な隠蔽が含まれています。したがって、すべての不記載が裏金というわけではなく、逆に裏金があれば必ず何らかの不記載・虚偽記載の形で表面化してくる可能性が高いのです。
この違いが、実務上のチェックポイントに直結します。たとえば、「通帳には入金があるが、収支報告書には記載がない」ならば不記載が疑われます。「通帳にも記録が残されておらず、一部収入が手元に残っているらしい」ならば裏金の疑いが強くなります。
税務、会計に携わる者は、報告書作成支援をする際に、「帳簿・通帳・報告書」という三点の整合性を確認することが不可欠となります。ただの“記載漏れ”で済ませず、流れ・動き・背景を読む姿勢が問われるのです。
会計処理という観点からの実務対応
では、税務、会計に携わる者の視点から、「どう会計処理を整えるべきか」を、考えてみましょう。たとえば、クライアントがある議員事務所だとします。収支報告書を作らなければならないとします。そこで、私たちはまず次のような視点で臨む必要があります。
会計帳簿の整備
まず、会計帳簿の整備です。現金出納帳と銀行預金通帳の動きを日々照合し、入金があれば領収書・振込明細を揃え、支出については誰に・何の目的で・どの金額か、明らかにしておくことが求められます。
パーティー券収入・寄附金・会費など、政治団体ならではの収入源がありますから、購入者名簿や振込明細・領収証の保管が必要です。これらのフローが曖昧だと、報告書に「収入が記載されていない」=不記載、さらには裏金構造への入り口となってしまいます。
収支報告書の作成
次に、収支報告書の作成および提出タイミングの管理です。収入・支出・翌期繰越額を整理し、帳簿残高・通帳残高との整合性を確認します。特に「翌年度繰越金」と「通帳残高」「現金残高」が一致しないという誤差が頻出するでしょう。こうしたズレを放置すると、「実は収入を少なく見せて手元に残した」の疑い(=裏金)が出てきます。
さらに、実務上の留意点としては、次のような事柄をクライアントに説明しておくべきです。
- 派閥のパーティー券の販売収入がノルマを超えたが、報告書にはノルマとされる金額しか記載しないと裏金疑義。
- 借入金という名目で受けた収入が返済予定なしでそのまま手元に残っていれば、それは実質「収入」と見なされる可能性。
- 過去に報告書を訂正した形跡がある場合、その訂正の経緯・金額・期間を帳簿・通帳・報告書で追跡できるか。
特に、税務、会計に携わる者としては「報告書を作ったので終わり」ではなく、報告書の数字が実際の資金の流れを反映しているかどうかを、最低限現物証憑・通帳との対比で確認することが“専門家としての責任”と言えるでしょう。
政治資金収支報告書は、最終的にはPDFでWeb上に公表されます。取り消しの二重線と訂正印だらけの収支報告書を見て有権者はどう思うでしょうか。
直近の罰則事例:ある政治家の場合

さて、裏金と不記載についてここで直近の実例を紹介しましょう。
2023年、東京地検特捜部は、政治家A氏及びその関係先に対して、本法違反(収支報告書虚偽記載)の疑いで家宅捜索を実施しました。 A氏は翌年、東京地検特捜部に政策秘書とともに逮捕されています。
報道によれば、平成30年から令和4年にかけて計4,000万円超の収入を収支報告書に記載せず、還流された疑いがあるとされています。
これは、いわば不記載・裏金両方の疑義が重なった典型的なケースと言えるでしょう。「報告書に記載されていない収入」が存在し、さらに「手元に残った可能性」を含む疑義構造は、税理士・会計士が関与する際、警鐘となる事案です。
現在同氏の政治資金収支報告書は正しい数字に訂正がされており公表されています。
ただし、収入の部の記載はほぼすべての数字に二重の取り消し線がひかれ、大きく差異のある数字が手書きで書かれています。そして会計者の訂正印(逮捕された政策秘書のもの)が押されており異様な雰囲気を醸し出す報告書となっています。
このような事例があるということは、政治団体等の会計処理に携わる私たちにとって「平時のチェックの重要性」「証憑・通帳・帳簿の整合性確認」が実務上決して他人事ではないということを改めて示しています。
政治資金を正しく会計するために
改めて整理しましょう。このコラムの読者が「政治と金」の世界に関わるなら、まず知っておくべきは以下の三点です。
(1)「裏金」と「不記載」の意味の違いを明確にしておくこと。
不記載とは「報告書に載せ忘れ・載せなかった」といった義務違反の様態であり、裏金とはその背後に「意図的・隠蔽的・自由裁量的な資金の流れ」があるという点で次元が異なります。
(2)政治団体・議員事務所の会計処理および報告書作成の原則遵守
「帳簿」「通帳」「報告書」の三点が整合性を保っているか、証憑が備え付けられているか、そして翌期繰越金・残高とのギャップがないかを常に確認すること。そして、そのためにクライアントに対して日常的な出納帳の整備、領収書・振込明細の保管、通帳チェック、報告書作成前の残高確認を支援できる体制を構えておくことです。
(3)疑義を持たれる事象を察知して避ける
最近の事例を通じて、実際に本法違反として捜査対象となる金額・構造が明らかになってきており、「数千万円規模の記載漏れ(還流を想起させる)」が一つの目安となっているということを理解しておくことです。私たちが早期に疑義を察知・対応することで、クライアントのリスクを低減させ、社会的説明責任を果たす専門家として信頼を担保できるわけです。
まとめ
このコラムの読者は政治資金を会計する機会はあまりないのかもしれませんが、政務、会計に携わる者として気を付けなければならない点は、かねてから頭に置いている会計原則を忠実に守っていくことに他なりません。
ただ、権力と圧力に流されることなく冷静な判断で会計を行い報告書を作ることが求められています。様々な事情に流されがちな現場で役立つ“チェックの観点”を挙げておきます。
- 会計責任者・代表者の届出状況を確認し、口座が政治団体専用口座かどうかをチェックする。
- パーティー券販売、寄附金・会費収入などが実態に即して帳簿・通帳に記録されているか。
- 借入金・貸付金名目の収入・支出が返済計画を伴っているか、あるいは“手元に残る”構図になっていないか。
- 報告書に記載された翌期繰越金と現実の通帳残高・現金残高が整合しているか。
これらを日々の実務に落とし込み、どれほどきちんと行えるかがプロとしての価値を高めます。
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