株価評価の知識が求められる時代<事業承継レポートVol.28>
白井税理士事務所 所長・税理士
白井 一馬
2022/6/8
このコラムでは、『顧問税理士のための相続・事業承継スキーム発想のアイデア60』など多数の著書を持つ白井一馬先生が、事業承継に関する話題のトピックスなどを取り上げ、皆様にご紹介します。
※本記事は、会報誌『BIZUP Accounting Office Management Report』vol.103(2022.5)に掲載されたものです。
多様な場面で株価評価の知識が求められる時代
株式の評価については相続・贈与のときだけでなく、M&Aや持ち株会への売買、組織再編制など多様な場面で相続評価が利用され、課税関係も個人、法人が当事者になる場合で相続税、所得税、法人税と税目を横断した理解が必要となり、税理士にとってはミスが許されず非常に気を使います。
昭和の時代であれば株式の評価と言えば、相続のときだけだったのではないでしょうか。この時代は中小企業には組織再編もM&Aも無縁でしたし、株式は頻繁に移動するものではありませんでした。相続時精算課税制度もありませんので生前贈与もそれほど実行されることはなかったでしょう。株価対策などという言葉も一般的ではなく、資産税に精通したごく一部の税理士が行っているのみでした。
相続があった場合、昭和の時代の相続は基本的に被相続人は創業者ですから、ほぼ原則評価で評価することがほとんどです。配当還元評価が可能な親族がいる場合だけに気を配れば良かったと思います。上手く遺産分割すれば配当還元評価が適用できるのに、分割方法に配慮せず原則評価になってしまう悲劇がありました。
実務が変わったのはバブルの頃からだと思います。土地は高騰し事業は拡大するため評価額は放っておいても上昇します。自分の相続の時に評価額はいくらになってるのか。相続税の納税は可能なのか。地価高騰の時代ですから、とくに法人名義で土地を保有していると株価も急激に上昇しますし、事業用の土地は売るわけにはいきませんから、自社株に対する相続税の納税額は予測できず、株価対策は、節税のためというより残された家族が平穏に暮らすための生き残り対策という側面がありました。親族や持ち株会に株式を分散させ、家族の資産管理会社に同族会社の株式を保有させるようになり、A社B社方式などの対策が流行しました。
さらに会社法の改正と組織再編税制の創設は自社株対策を加速させました。持ち株会社化や会社分割が株価対策として活用されるようになったためです。また、自己株式取得の自由化によって、自己株式の取得が一般の中小企業でも実行されるようになりました。
ただし自己株式の売買では、株主の受取り対価が配当所得課税の対象となるため、実際に利用されるのは、自社株を相続した相続人が、相続税の申告期限から3年以内に同族会社に自己株式を買い取らせた場合のみなし配当の特例(措法9の7)を活用する場面です。そして最近では事業承継税制が創設されました。生前贈与を政府が奨励しているわけです。
様々な場面で株式の評価が必要となり、それだけ税理士が役に立つことができるわけですが、逆にミスによる税負担は取り返しがつきません。財産評価通達による評価は税理士の専門業務そのものです。さらに通達の株価評価は数値基準のみで成り立っており、持ち株割合が1%でも違えば配当還元評価か原則的評価かが決まり、結果次第では天国と地獄の差になります。
株価評価に限りませんが、評価通達に精通しているのは税理士の大きな強みでもあるとともに、ミスは絶対に許されないということです。改正項目を常にフォローし、ミス事例から学ぶ必要があります。