ボクシングで人を殴っても暴行罪にならないのはなぜ?(知って得する法律相談所 第25回)

弁護士法人アドバンス 代表弁護士・税理士
五十部 紀英

2022/4/11

0. はじめに

スポーツの中でも人気が高いボクシングですが、競技の特性上、相手にケガを負わせることや、最悪の場合は相手が死亡に至るケースもあります。
 
ただし、ボクシングのルール内で許容されている行為を行い、結果として相手にケガなどを負わせた場合には、原則、法的な責任を負いません。
 
明らかに相手を殴ってケガをさせているのに、なぜでしょうか?
今回のコラムでは、ボクシング中の行為について、違法性が阻却される場合と責任に問われる場合に分けて弁護士が解説します。

1.ボクシングで人を殴っても処罰されない理由

普段の生活の中で、人の身体に暴力を加えた場合には、暴行罪(刑法第208条)が成立する可能性があります。これは当たり前のことですね。
 
しかし、ボクシング中の行為であれば暴行罪が成立することは基本的にありません。
ボクシングは、許容される範囲内の打撃であれば有効打となり、暴力行為ではないと判断されます。技術の高さを競い合う競技なのです(一般財団法人日本ボクシングコミッションルール第107条1項(以下、「ルール」とします))。
 
そのため、ルールに許容されている範囲内の行為であれば、法的な責任に問われる可能性は低いのです。

2.スポーツ活動中の行為が違法性阻却されるのはなぜ?

違法性が「阻却」されるとは、行為の違法性が無くなることを指します。
 
ボクシングの例では、明らかに相手に打撃をしていますが、これはボクシングのルールで認められた行為のため、違法性は無くなることになります。
 
具体的には、以下の場合に違法性が阻却されることになります。
 
2-1 正当業務行為に該当する場合
正当業務行為とは、法令または正当な業務による行為のことをいいます(刑法第35条)。
ボクシングのように、一見人に暴行を加えているように見える行為であっても、それはボクシングのルールに許容された正当な業務行為と判断されます。
そして、ボクシングに限らず、スポーツ中の行為が正当な業務行為と判断されるための要件は以下のものがあげられます。


大阪地裁平成4年7月20日判決(大学日本拳法部「しごき」による傷害致死事件)
 
この3つの要件に該当し、社会的に許容される範囲の行為であれば、正当な業務行為となります。

2-2 「危険引き受けの同意」とは
正当な業務行為と判断されるための要件の内、③の「危険引き受けの同意」とはなんでしょうか?詳しく解説します。
 
「スポーツにはケガがつきもの」という言葉を聞いた人は多いのではないでしょうか。
この言葉が表すように、どんなに技術が高く、安全に配慮していたとしても、スポーツ活動中の不慮の事故は起こりえます。
 
ボクシングの場合は、最もケガをするリスクが高い競技といえるでしょう。
実際に、競技中に受けた打撃により死亡するというケースも少なくありません。
 
それでも、ボクシング競技を無くすことはありません。
この理由は、人の身体への打撃が認められる唯一の競技であること、純粋に打撃の技術を競い合う唯一の競技であること、スリルを楽しむなど様々な理由が考えられます。
 
このように、競技の危険度によって変わってきますが、スポーツに参加する際に、ある程度の危険(ケガを負う可能性など)に同意した上で参加しているとみなすことを「危険引き受けの同意」といいます。
 
ボクシングの場合に限れば、暴行罪に留まらず、打撃を受けてケガをしても傷害罪は成立しないことや死亡した場合でも業務上過失致死罪に問われないことまで含まれるのが原則です。
 
この点、サッカーの場合では、相手に打撃を行うことはルール上認められていませんので、場合によっては暴行罪(ケガをしていたら傷害罪)などに問われます。
 
このようなリスクを理解した上で参加していたかどうかが大切なポイントです。

3.ボクシング中の行為で刑事責任に問われる場合とは

スポーツ活動中の行為は、原則、違法性は阻却されますが、すべての責任が無くなるわけではありません。
具体的には、以下のような点に注意が必要です。
 
3-1 ルール上の行為から逸脱した場合
ボクシングのルール上、下記の項目が反則行為として明記されています。
 
日本ボクシングコミッションルール第115条[反則](打撃に関する項目を抜粋)


これらの行為を行った場合、ルール上(同ルール第116条)では警告を与えられ、場合によっては失格負けとなります。
 
なお、明らかに打撃を禁止されている部位(急所)などを狙い、危害を加えることを目的に行われるなどの故意または過失が認められる場合には、刑事責任に問われる可能性があります。
 
3-2 違法性がある場合
見分けることは難しいかもしれませんが、ボクシングをする目的が暴行を加えること(故意)であれば、違法性があり、暴行罪が成立する可能性があります。
 
また、相手に暴行を加えてケガをさせた場合については、傷害罪が成立する可能性があるでしょう(刑法第204条)。

4.ボクシングを行う場合にはルールを守りましょう

ボクシングで人を殴っても違法性が阻却されることから、暴行罪は成立しないことが原則です(試合中・練習中は問わない)。
 
ただし、これはルールを遵守した場合に限ります。
相手に暴行を加える目的の場合、休憩時間に打撃をした場合など(故意または過失があるとき)には違法性が阻却されない可能性がありますので、注意が必要です。
この他にも、①被害者と加害者の実力差、②危険防止の措置は行われていたかなどが総合的に判断されます。
 
このようにボクシングのルール以外にも、競技を行う上で大切な安全対策も重要になりますので、日頃から怠らないように心がけましょう。


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