企業活動に伴う肖像権の問題<ネット時代に必要な企業防衛の極意vol.29>
昨今のサイバー攻撃強化で改めて注目度が高まっているセキュリティ対策。2022年4月に施行された改正個人情報保護法でも、個人情報の利用や提供に関する規制が強化されています。一方で、ネット上の情報漏洩や誹謗中傷といった事例も近年、急増しています。当コラムでは、こうしたネット上のリスクや対応策について詳しく解説します。
※本記事は、会報誌『BIZUP Accounting Office Management Report』vol.133(2024.11)に掲載されたものです。
弁護士法人戸田総合法律事務所 代表
中澤 佑一 先生
企業がPRとして利用するSNSや、求人サイトなどにて、社員が写った写真や動画をインターネット上に公開する場合があるかと思います。自分の写真や動画をみだりに撮影されることを拒絶し、また撮影された素材を自分の意を超えて利用されないようにする権利を肖像権と言いますが、企業活動に伴い社員の肖像利用を行う場合には、肖像権の観点から法律関係を整理しておく必要があります。これを怠ると、退職した元社員から、企業のウェブサイトやSNSに公開されているその元社員が映った写真を削除してほしいと言われるなどの無用なトラブルが生じる場合もあります。
肖像権は、個人の人格に専属的に発生する権利であり、他人に譲渡することや、放棄することができない権利であると裁判上は考えられています。まれに芸能事務所等において、“肖像権を事務所に譲渡する”といった契約内容を見ることがありますが、そのような定めは裁判で争われれば無効とされる可能性が高いところです。また、この観点から、肖像の使用を永久的に許可し、一度許諾をしたなら後に状況が変わっても取り消すことができないという取り決めも無効とされる恐れがあります。
さて、企業の例に話を戻し、退職した元社員から肖像使用停止の請求が来た場合を考えてみましょう。この時、素材写真の使用時に「肖像使用許諾に関する同意書」を社員本人から取得し、使用の範囲や態様、使用期限を定めておけば、その範囲では請求を拒絶することもできます。使用期限については難しいところですが、感覚的には退職後3~5年程度であれば特に問題なく有効と判断されるでしょう。なお、退職した社員について過去に遡ってすべての写真を削除するというのはなかなかの手間になります。同意書の段階で、指摘があれば削除する(会社側が自主的に削除するまでの義務は負わない)ことを明確にしておくとよいかと思います。
他方で、写真の使用時に肖像使用に関する取り決めを何らしていなかった場合は、どうなるのでしょうか。この場合、在職中の肖像利用については、黙示的な同意があると判断されるものの、退職から一定の時間が経過した場合には、当該元社員から請求があれば肖像使用を停止する義務が発生すると考えられます。またこの期間についても、基本的には退職した以上、本人の意思としては速やかに肖像の使用を停止してほしいということが合理的に推認されますので、使用停止の措置を実行するための作業に鑑みてできるだけ速やかに使用停止をしなければならないという結論になるでしょう。コストをかけて実行したプロモーションについて逐一このような対応を迫られるのは企業にとって不利益ですので、やはり肖像使用の同意書を取得するということが大切になります。
中澤 佑一
なかざわ・ゆういち/東京学芸大学環境教育課程文化財科学専攻卒業。 上智大学大学院法学研究科法曹養成専攻修了。2010 年弁護士登録。2011 年戸田総合法律事務所設立。 埼玉弁護士会所属。著書に『インターネットにおける誹謗中傷法的対策マニュアル』(単著、中央経済社)、 『「ブラック企業」と呼ばせない! 労務管理・風評対策Q&A』(編著、中央経済社)など。