顧客の背中をそっと押す!ナッジ理論を活用したビジネス術

明星大学経営学部特任教授/オフィスたはら 代表
田原 洋樹

はじめに 

ナッジという言葉を耳にしたことはありますか?英語のnudgeという言葉は「軽く肘を小突く」あるいは「背中をそっと押す」という意味があり、行動経済学の分野で研究されている考え方です。例えばスーパーのレジの前の床面に足跡の絵が描かれているのをご覧になったことがあると思います。無意識に足跡の絵に自身の足を重ねた経験はありませんか?床に描かれた絵によって、多くの顧客は強制されなくても、自発的に整列して順番を待つ行動をとります。このようなナッジ理論を活用した取り組みは、さまざまな生活やビジネスの場面で見受けられます。

本コラムでは、このナッジ理論について、その考え方や活用法を、事例を通じてわかりやすく説明します。

1. ナッジとは?

シカゴ大学の行動経済学者、リチャード・セイラー教授は、ナッジを「人々の選択を禁じることもなく、また経済的なインセンティブ(やる気を起こさせるような動機づけ)を大きく変えることもなく、人々の行動を予測可能な形で変える選択肢の設計を意図的に変えること」と定義しています。

ナッジ理論の中心となる考え方に「リバタリアン・パターナリズム」という考え方があります。こちらも、リチャード・セイラー教授と同じく行動経済学者で、ハーバード大学のキャス・サンスティーン教授が共著『実践行動経済学』の中で述べているものですが、リバタリアンすなわち「自由」と、パターナリズム「介入」という相反する2つの言葉をつなげているところに、ナッジ理論の意味が隠れていると思います。つまり、あくまでも、選択する側(例えば顧客)の自由な選択肢は担保しつつ、緩やかな介入(誘引)を図っていこうとする考え方がナッジ理論にはあるのです。

2. ナッジのフレームワーク

ではナッジをビジネスに活用するうえで、役に立つ2つのフレームワークを紹介します。

2-1 BASIC

まず、BASICというOECD(経済協力開発機構)がつくったフレームワークを紹介します。

  1. Behavior(人々の行動を見る)…行動を観察することで、課題を抽出するステップです。主に定性情報から仮説を立てます。
  2. Analysis (仮説の検証、分析)…行動観察から得られた定性情報を、合理的に検証・分析します。アンケート調査などが該当します。
  3. Strategy(戦略構築)…分析の結果から、行動を変えるための戦略を構築します。
  4. Intervention(介入)…戦略にもとづいて、ナッジをベースとした具体的な介入をします。あくまで強制はせず、自由な選択肢を設定します。
  5. Change(変化)…介入の結果を検証し、新たな戦略の見直し、修正を図ります。PDCAサイクルで言えば、C(Check)やA(Action)に相当します。

上記のような5つの各フェーズを回しながら、ナッジ戦略の精度を高めていきます。

2-2 EAST

ナッジをどのように評価するか、そのチェック方法について考えます。イギリスのコンサルティング会社で、ナッジの行動観察に関する評価を手がけるBIT(Behavioural Insights Team)という機関が提唱した以下の4つの観点でのチェック(評価)が推奨されています。

  1. Easy…簡単な内容になっているか、情報量は多すぎないか、手間がかからないか
  2. Attractive…魅力的な内容か、人の注目を集めるか、面白いか
  3. Social…社会規範を利用しているか、多数派の行動を強調しているか、互恵性を訴えかけているか
  4. Timely…意思決定をするベストのタイミングか、フィードバックは速いか

上記のような4つのポイントで評価をします。評価ポイントが低いところを顕在化し、ナッジの精度を高めていきます。

3. ナッジの実践(4つのテクニック)

では、ナッジをビジネスで活用するための4つのテクニックをご紹介します。

3-1 デフォルト(無意識な行動促進)…あくまで、自由な選択は担保しつつ、提供側から暗にお勧めすることを意味します。具体的な例としては、飲食店にあるメニューの「本日のおすすめ」がイメージしやすいかもしれません。

3-2 仕掛け(自然な行動促進)…ついついやってしまうような、ちょっとした仕掛けのことです。具体的な例としては、減速を意識させる道路の斜線などがあります。

3-3 ラベリング(意図的な行動促進)…周囲の期待に応えて、いい人であろうとする人間の特性を利用したもので、やや介入度が高い促しです。具体的な例としては、トイレの「いつも綺麗に使っていただき、ありがとうございます」というラベルなどがあげられます。

3-4 インセンティブ(報酬で行動促進)…いわゆるニンジンをぶら下げるといった方法です。金銭的なものだけでなく、道徳的、社会的、群集心理的なものも含みます。群集心理的なものの例としては、「みなさんにお使いいただいております」などのフレーズがあります。

おわりに

今回はナッジ理論を取りあげました。いかがでしたか?この考え方の重要ポイントは、お伝えしたとおり、いかに選択の自由度を担保しつつ、ゆるやかに行動を促していくか、

まさに「リバタリアン・パターナリズム」を実践していくということです。さまざまなビジネスシーンで活用してみてください。


引用・参考

  • 中島亮太郎(2021)『ビジネスデザインのための行動経済学ノートーバイアスとナッジでユーザーの心理と行動をデザインする』翔泳社
  • リチャード・セイラー、キャス・サンスティーン(2009)、遠藤真美(訳)『実践行動経済学』日経BP
  • 大竹文雄(2024)『いますぐできる実践行動経済学―ナッジを使ってよりよい意思決定を実現』東京書籍

田原 洋樹

明星大学経営学部特任教授/オフィスたはら 代表
奈良県生駒市出身。大学を卒業したのち上京、大手旅行会社JTBで15年間に渡り、 法人ソリューション営業を担当する。2005年には当時の史上最年少営業マネージャーとして活躍した。 2011年に株式会社オフィスたはらを設立、民間企業のリーダー開発や組織マネジメント、 講演活動を数多く行う。2017年4月~現在、明星大学経営学部・特任教授として、 地域創生やブランドマーケティングなどをテーマに講義を行っている。 2024年3月北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)にて博士号を取得(知識科学) 趣味はマラソン(フルマラソンは通算18回完走、自己記録3時間21分)

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