賃貸物件の修繕費用 ガイドライン(知って得する法律相談所 第16回)
弁護士法人アドバンス 代表弁護士・税理士
五十部 紀英
2021/7/18
はじめに
コロナ禍の中、自宅でのリモートワークを推し進める企業が増加しています。それに伴い都心から、自然豊かな郊外へと引っ越しを検討している人も増え続けています。
また、緊急事態宣言や外出自粛による影響で、店舗を閉店せざるを得なくなった飲食店等の経営者もいらっしゃいます。
そこで今回は、賃貸物件を解約し、オーナーあるいは管理会社へ返却する際の賃借人が負うべき負担について、弁護士が解説します。
(1)住宅を賃貸していた場合
住み家として住宅を賃借していた賃借人が、契約を解除し、建物を明け渡す際、賃借人が設置した物はすべて取り除き、また、損傷を修繕して返還しなければなりません。このことを、原状回復義務といいます。
しかし、原状回復義務といっても、すべてを綺麗にして、契約前と同等の状態にして返還する訳ではありません。賃借人は、通常の使用によって発生した損傷や、経年劣化による損傷の場合には、修繕義務はありません。
また、損傷が賃借人の責任によるものではない場合も、同様に修繕義務はありません。
一方で、賃貸人は、賃借人が賃貸物を継続して使用できるように修繕義務を負います。
また、賃貸借契約終了時には、契約締結時に預かった敷金から、未払賃料や賃借人が負うべき補修費用を差し引いて、賃借人に返還する義務を負います。
賃貸物件の修繕費用については、どこまでが賃借人あるいは賃貸人のどちらが負担すべきかについては、しばし争いになります。
そこで、1998年3月に建設省(現・国土交通省)は、「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」を作成しました。このガイドラインでは、原状回復に関する具体的な事例が列挙されており、建物修繕に関するトラブルをあらかじめ防止するための施策や指針がとりまとめられています。
また、東京都は2004年に、独自のルール「賃貸住宅紛争防止条例」を定め、国土交通省が作成したガイドラインをより具体的にしています。この条例の中で、賃貸物件を借りる際における入居中の設備補修および退去時の原状回復に関して、取り決めを定めました。
(2)国土交通省「ガイドライン」の中身
では、国土交通省が定めたガイドラインの内、どちらが修繕義務を負うかについて、その一部を見ていきましょう。
※1 カビやシミは建物構造上によるものが原因とされることが多いため、原則、賃貸人側が責任を負うとされます。しかし、カビやシミを放置し、被害が拡大した場合には、賃借人側にも責任を負う場合もあります。
※2 賃借人の誤った使い方や適切なメンテナンスを行わなかったことによる故障の場合は、賃借人側が責任を負います。
ただし、ガイドラインでこのように説明がされていても、契約時に特約を設けることで修繕保障の義務を変更することもできます。たとえば、「床のフローリング・クリーニング代は賃借人の負担とする」といった特約を、賃貸借契約時の契約書に申込むことも可能です。
しかし、「原状回復費用の全額を賃借人負担とする」といった極端な特約は、消費者契約法第10条により無効とされる恐れがあります。
(3)テナントや店舗を賃貸していた場合
住宅を賃貸しているのではなく、テナントや店舗を借りている場合には、上記と少し事情が異なります。なぜならば、賃貸借契約において「原状回復費用は、賃借人負担とする」という特約が盛り込まれていることがほとんどだからです。そして、消費者契約法は事業主に対しては適用外となるため、このような特約は有効となります。
しかし、あくまで賃借人が負うのは、原状回復つまり、借りる前の元の状態に戻す義務のみです。原状回復費用として請求された費用の中に、不当な費用、例えば、原状回復の程度を超えるリフォーム代などが含まれていないか、きちんと確認するようにしましょう。
(4)民法改正による賃貸借契約の影響
120年ぶりに改正され、2020年4月1日に施行された改正民法においても、賃貸借契約は大きな影響を受けています。
たとえば、改正民法前では賃貸物件に修繕が必要になった際も、どのような場合に賃借人が自ら修繕を行えるか明確な規定がありませんでした。そこで、改正民法では、一定の要件を満たした場合、賃借人が修繕を行うことができ、その費用を請求できることが明文化されました。
民法第607条の2
賃借物の修繕が必要である場合において、次に掲げるときは、賃借人は、その修繕をすることができる。
一 賃借人が賃貸人に修繕が必要である旨を通知し、又は賃貸人がその旨を知ったにもかかわらず、賃貸人が相当の期間内に必要な修繕をしないとき。
二 急迫の事情があるとき。
民法第608条1項
賃借人は、賃借物について賃貸人の負担に属する必要費を支出したときは、賃貸人に対し、直ちにその償還を請求することができる。
また、ガイドラインや過去の判例頼みであった原状回復費用についても、改正民法においては、通常の使用や経年劣化による損傷の場合は、賃借人は修繕義務を負わないことが明文化されました。
民法第621条
賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
(4)まとめ
入退去時に伴うトラブルを未然に防止するためには、賃借人側としては、入居前に汚れや破損等がないかを十分に確認しておくことが必要です。
なぜならば、入居前から既にあった汚れや破損等が、退去時に賃借人によるものだと誤解されてしまうからです。
また、退去時も家主や仲介業者、管理会社と一緒に、建物明け渡し時の状況を確認しておくべきです。これも、後で賃貸人側から、原状回復費用と称して、それ以上の費用(リフォーム代など)を請求されるのを防ぐためです。
そして、賃貸借の契約締結時には、契約書の中身をよく確認し、退去時の原状回復費用負担の特約があるかを確認するようにしましょう。