「拠点展開」の光と影
松本崇宏の辞書に「停滞」という二文字はない! Vol.2
税理士法人松本 代表社員・税理士・行政書士 松本 崇宏
近年、インボイス制度や電子帳簿保存法など、税理士業務は目まぐるしく変化し、業務量も増加の一途。対して、頼みの綱の採用活動は一般企業でも苦労するほど売り手市場が常態化しており、会計業界は「お客様は取れても職員が取れない」時代へと突入しつつある。 そんな中、2006年に亀戸で事務所を開業後、首都圏と大阪を中心にオフィス拠点を次々と開設し、グループとして成長を遂げているのが「税理士法人松本」である。 今回は代表の松本崇宏先生に、拠点展開するに至った背景と理由、さらには拠点を任せる上で気をつけていくべきことを、主に人材育成の観点から伺った。
仕事はオンライン化しても人材育成は対面で。
「拠点」は未経験者を育てる「寺子屋」
時代の影響もあり、会計業界でもオンライン化が進んでいますが、貴事務所はいかがでしょうか。
元々、当事務所が最初に伸びたのは業種特化の分野で、北海道の最北端から沖縄まで遠方のお客様を担当していました。その点は一般の税理士法人とは違うところです。ですから、オンラインが発達する前から遠方のお客様とやりとりしてきたノウハウがあるのです。基本的に調査の時のみ足を運びますが、後は電話とメールのやりとりでできるので、遠方であるからといって業務に大きな変化はありません。以前からお客様を訪問しないで行うサービスの提供を行っていたので、今もそこまで影響はないですね。
顧問先訪問についても、職員を動かすとそこにコストが生じるので必須ではありません。もちろん最初は、現場を見ることは大切ですが、オンライン上でもきちんと数字に向き合い、お客様に対応できるようにしています。とはいえ、お客様も数字と真剣に向き合う時間を確保するため、実際にオフィスに来てくださる方が多いですね。
訪問せずに顧問を担当する体制が整っている中で、拠点を増やすという方針で進められているのは、
先ほどお伺いした拠点展開のメリット以外にも、理由があるのでしょうか?
どちらかというと、拠点を増やすのは会社で働く人のためにやっていることです。というのも、在宅勤務者の数が多いわけではないので、単純に箱が必要なのですね。
また、当事務所は未経験で入所してくる職員も多く、未経験者にゼロから仕事を教えるのは在宅勤務の形式では難しいので、職員・パートにかかわらず、ある程度仕事ができるようになるまでは出社してもらっています。その後、在宅勤務に切り替えていく職員もいますが、やはり最初は直接対面で仕事を覚えてもらう方が、結果として効率的だと思うので、そういう観点でもオフィスはある程度必要だと考えています。
未経験者を育てるという観点では、拠点があることで、同期どうしが「切磋琢磨」できること、一年先輩、二年先輩という存在が近くにいる寺子屋的要素も職員の成長に大きく役立っています。
気軽に聞ける先輩がいる分、成長も早くなると同時に、先輩になったメンバーにとっては、早い段階で「聞かれる」立場になってしまうので、しっかりと仕事ができるようにならなければいけないという自覚が生まれ、よい相乗効果が出ていると思います。
意欲ある働き手に「年収1,000万円」の大きな目標を掲げる意味
拠点長になることは、ある種のステイタスとしてキャリアプランの成功例だと思いますが、職員の方々はどのようにお考えなのでしょうか?
実際、当事務所の拠点長クラスになると、資格の有無にかかわらず年収が1,000万円以上です。もっと高い役職になると、2,000万円とか2,500万円になるケースもあります。
「年収1,000万円」という一つの大きな目標ラインに、中小零細企業で、かつ無資格の者が届く。しかも早ければ10年もかからずに到達できるというのは、責任もあり大変ではありますが、わかりやすい目標にはなっているのではないでしょうか。
とはいえ年収1,000万円レベルをもらうのはなかなか大変なことだと思います。よく「仕事のきつさと給料の高さを天秤にかけると、幸福度の分岐点は800万円」などと聞いたことがありますし、まだ入社して日が浅い職員の中には、「無理して上を目指す必要はない」という人もいますよ。
重責に耐えられず長続きしないこともあれば、一時的に業績を上げることはできたものの、なかなかそれを維持できないということもありますよね。
普段は一般の職員にはしませんが、業績不振になったらさすがに拠点長には厳しい発言をせざるを得なくなります。正直に言うと、その時はかなりきつい話をすることもあります。でも、仕事なのでそれも当然ではないかと思います。逆にそうした直球を受けては踏ん張って成長していく拠点長も少なくありません。
今は心のゆとりと金銭的・時間的ゆとりの両方があるので、私もそれほど強い意見を言うことはありませんが、どうしても目に余る場合は率直に意見を言いますよ。
「ゆとりができた」ということですが、何かターニングポイントがあったのでしょうか?
端的に言うと「人が増えた」からだと思います。人が増えてくると、ある意味「過度に期待しない」ようになってきます。自分自身がプレイヤーでなくなってからは、「人にお願いする」立場になったため、優しくなった、許せるようになったと感じています。プレイヤーをやめた時点で、メンバーに対して「命令する」「働かせる」と考える経営者の方もいるかもしれませんが、そこをメンバーに「お願いする」という気持ちになれるかどうかがキーポイントではないでしょうか。
私がプレイヤーだった時は、もっと正面切ってスタッフとも話していましたし、意見の衝突があったら絶対に引きませんでした。当時はそういう姿勢が自分でカッコイイと思っていたのかもしれません。でも今は基本的に相手を許してしまいますね。年齢とともに丸くなったのだと思います。
現場でまずいことがあった時は、もちろん叱ることもあるかもしれませんが、長時間の叱責には意味がないと思っています。5分、10分を超えて叱ったとしても、それ以上効果はないし、むしろ自分のエゴやストレス発散にしかならないので無意味ですね。
最後に、職員教育の観点から、特にボリュームの大きい中途未経験者を一人前にするために、社内で行っていることを教えてください。
全拠点共通で座学やロールプレイングでの研修を行っています。昨年は中途未経験者が大量に入社したのですが、うまくいった拠点とそうでない拠点が明確に分かれました。
新人の「お客様気分」をいかに早く払拭できるかが肝なのですが、そこに成功した拠点はうまくいっていますね。「お客様に喜んでいただく」ために仕事をすることが仕事の醍醐味なのだ、ということが腹落ちすれば、自ずと「お客様気分」は抜けていくものです。
入所1か月くらいは仕方がないとしても、2か月経っても3か月経ってもお客様気分が抜けない新人は結局長続きしないし、他の事務所にいってもうまくいかないのではないでしょうか。そのあたりを、比較的新人に近い若手職員が日々のコミュニケーションの中でうまく伝えてくれている拠点は、新人も含めてチームとして成長しているように感じますね。
自発的な意欲が育たず、馴れ合い状態になってしまうと、結果的に成績も上がらない。やはり自腹を切ってプライベート時間を使いながら本気で学ぶくらいの気概が本人にないと、どんなにいい研修であっても右から左へと流れていってしまうものだと痛感しました。
私たちは社内のキャリアステップとして等級制度(現在は6等級までに改定)を用意しており、3年目には3等級までステップアップできることになっていますので、やる気のある職員はそこを目指してバリバリ成長していくわけです。
半人前の中途未経験者の職員たちも2年目になり、やる気のある1年目に成績で抜かれていくことで、ようやく社会の構図を理解するわけです。もちろん自己研鑽を怠った自分自身に責任はありますが、その事実を知った時から本当の意味での「正しい競争原理」が始まるのです。 弊社が掲げる理念の『情熱家であれ!より多くの「笑顔」と「ありがとう」をいただき続けるために。』を、彼ら一人ひとりが実現できるように、心を熱く燃やしながら前に進んでほしいと願っています。
プロフィール |
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税理士法人松本 代表社員・税理士・行政書士 松本 崇宏
昭和53年1月生まれ、東京都葛飾区出身。税理士事務所、法律事務所の勤務を経て、2005年税理士試験合格。
2006年5月松本税務会計事務所開業。「情熱家であれ!」を理念に掲げた熱き専門家集団。 |