個人成り <江崎光行先生の税理士事務所 四方山話 vol.22>
本コラムでは、日常の業務を通じて遭遇するお客様の反応や現場での出来事など身近なトピックに焦点を当てます。セミナーや研修で講師を務める経験豊富な江﨑光行先生が、これらの話題をわかりやすく、そして実用的なアドバイスを交えて解説します。
※本記事は、会報誌『BIZUP Accounting Office Management Report』vol.150(2026.4)に掲載されたものです。
「会社を畳んで個人事業主に戻りたいのですが、どうでしょうか」
長い間、法人形態により事業を営んでこられたお客様から、このようなご相談を受けました。売上、事業規模ともに縮小傾向にあり、お客様ご自身の高齢化もあり、引退も見据えてのご相談でした。前々回のコラムにおいて「法人成り」のご紹介をしましたが、今回はその逆である「個人成り」のお話です。
個人成りとは、現在営んでいる法人の事業を個人の形態へ移管し、元の法人は清算や休眠とする手続きです。主に業績低迷により役員報酬の確保すら難しくなった場合や、事業規模を縮小したい場合などに検討されます。
メリットとして、まず税・コスト負担の軽減が挙げられます。所得水準が下がっている場合、税率が一定の法人税よりも、超過累進課税である所得税の方がトータルの税負担が軽くなる逆転現象が起こり得ます。また、法人から個人へ事業を引き継いで新たに開業するため、インボイスの登録をしていなければ、原則として最大2年間は消費税の免税事業者となる恩恵も受けられます。さらに、法人では強制適用となる厚生年金や健康保険について、常時使用する従業員が5人未満の個人事業所であれば加入は任意となるため、少人数の家族経営を前提の場合は社会保険料の会社負担分が無くなります。加えて、赤字でも毎年発生する法人住民税の均等割の支払い義務も消滅するため、社会保険料の負担減と併せて資金繰りの改善に寄与します。
一方で、個人成りには見過ごせないデメリットも存在します。法人の有限責任から個人の無限責任に変わるため、事業上の負債やリスクを経営者個人が全て負うことになります。また、社会的信用が低下しやすく、新規の取引先開拓や金融機関からの資金調達、人材採用が不利になる可能性があります。税務面でも、青色申告の欠損金の繰越期間が法人の10年から個人の3年に短縮されることは事前にお伝えしておく必要があります。
また個人成りの手続きを行うにあたっては、実務上の注意点があります。
まず元の会社を清算する際の手続きです。特に法人の事業を終える前には適正な役員退職金を支給し、個人の退職所得控除を活用した節税策を検討するなど、会社清算と併せたサポートを行うことが重要です。また、小規模企業共済などに加入していた場合、法人の解散等に伴い共済金の請求が可能になる場合があるため、忘れずに案内しなければなりません。
社会保険については、厚生年金等から外れることで国民年金と国民健康保険に切り替わります。将来の年金受給額が減少する点や、市区町村ごとの国保料負担額について、事前にしっかりとシミュレーションを行うことが不可欠です。そして、税務面では在庫や車両、備品などの資産を法人から個人へ引き継ぐ際の処理の検討が必要です。これらは無償譲渡ではなく適正な時価で売買を行う必要があり、それに伴う消費税の課税関係や、個人側の買い取り資金の手当てについても併せて検討が求められます。
さらに、店舗の賃貸借契約や銀行口座、事業に必要な許認可などもすべて個人名義で取り直す必要があるため、事業活動に空白期間が生まれないよう事前の段取りが重要になります。
個人成りは単なる事業の撤退ではなく、持続可能な規模へ最適化するための前向きな経営戦略です。顧問先の不安に寄り添い、メリット・デメリットを比較提示しながら、税務と法務の両面からの検討が必要であると考えます。
江﨑 光行
えざき・みつゆき/江﨑光行税理士事務所 所長・税理士
大原簿記学校税理士講座講師、税理士法人古田土会計、川鍋直則税理士事務所を経て独立。
現在は、月次決算書、経営計画書の作成指導経験を踏まえ、
ビズアップ総研アシスタント養成講座などでセミナー講師を務める。
