米テック企業で進む“AIリストラ”は日本にも波及するか!?

AIは人間の仕事を奪う存在か、それとも、働き方を変えるパートナーか!?

生成AIの急速な普及を背景に、この問いはいま、多くのビジネスパーソンにとって最大の関心事の一つ。新聞や各種ビジネス誌でも、雇用や働き方を巡る変化が盛んに取り上げられています。

そこで今回は、AIの登場によって「雇用」にどのような変化が起きているのか。リクルートで人事・採用の最前線を経験し、現在は株式会社人材研究所 代表取締役社長を務める曽和利光先生にゲリラ取材を敢行!アメリカで先行するAI時代の雇用変化は、日本にも波及するのか!?新卒採用の行方、現場人材の価値の再評価、そして企業がこれから取るべき採用戦略とは何か!?各種データを手がかりに、詳しく語ってもらいました。

アメリカでは“AIリストラ”が急速に進行中

――生成AIが本格的な普及フェーズに突入しています。これによって「エントリーレベルのコーディング業務やオペレーター業務が置き換わっていく」という見方が根強いですが、先行するアメリカでは実際にそのような動きが表層化していますね。

曽和 そうですね。実際、企業の経営幹部を対象としたアメリカのあるアンケート調査では、86%が「エントリーレベルの職務をAIに置き換える計画がある」と回答しています。また、AIがビジネス現場に浸透したことで、特にテック企業による大規模なエンジニアの採用抑制やリストラが進んでいるようです。報道ベースでもMicrosoftやAmazonが1万人規模の人員削減を進めていることが明らかになっています。

それから、これはよく日本でも報道されていますが、ニューヨーク連邦準備銀行のデータによれば、アメリカの大学新卒者(最近大学を卒業した22〜27歳)の失業率が徐々に高まっており、現在確認できる最新データ(2025年8月)では5.8%。同月の米雇用統計では失業率が4.3%でしたから、全世代平均の数字よりも悪くなっていることが分かります。もちろん、大卒の失業率が上昇しているのは複数要因が絡まった結果だと思われますが、その中に「AIの影響」が含まれていることは確かでしょう。

曽和先生「AIによる構造変化は日本でも起きる。ただ、速度は緩やか」

――大学新卒者が「AIに仕事を奪われている」と断定できる証拠はないものの、企業の動きや数字を見ると、少なくとも何らかの影響は出始めている、といった状況でしょうか。曽和先生は、こうした動きは日本にも波及するとお考えですか?

曽和 長期的にはアメリカと同じような影響が出ることは避けられないでしょう。外資系企業、特にテック系やコンサルティングファームに限れば、グローバルな人材戦略の中で動いているため、現時点ですでに新卒採用を絞り、即戦力重視へと舵を切る企業が確実に増えています。ただし、純粋な日本企業では、そのスピードはもっと緩やかになると見ています。アメリカは、人口増加を背景にした過剰感のある労働市場ですが、現在の日本は慢性的な人手不足の状況です。そのため、構造転換は静かに起きているものの、人手不足がクッションとなり、急激な変化にはなりにくいのではないでしょうか。

――現時点では穏やかな変化ですが、将来的に、AIの普及を起点とする“リストラの波”は日本でも避けられない、と。だとすれば、若手のビジネスパーソンが経験を積む場や教育を受ける機会が、徐々に失われることにも繋がりませんか?

曽和 その点については、私は割と楽観的です。というのも、AIは大企業でこそ導入が進んでいますが、中小企業ではまだこれからといった状況です。そこには、必ずタイムラグが生じるでしょう。そして、大企業比率が高い欧米に比べ、日本は中小企業の受け皿が厚い。もし大企業が採用を絞ったとしても、中小企業が人材を吸収する余地が残っており、社会全体としての「育成の場」が完全には失われるわけではありません。

――こうした動きと連動するかのように、アメリカではブルーカラーの賃金上昇と社会的評価の高まりが顕著になっています。

曽和 現場を支えるブルーカラー人材は当面、AIによる“置き換え”が起きるとは考えにくく、相対的に重要性が高まっているためです。実際、アメリカでは職業訓練校の志願者数が急増しているとか、本当のところはわかりませんが、「配管工の時給が、すでに弁護士の時給より高い」という話も聞こえてきますよね。遠からず日本もそのようになるのではないでしょうか。他方で、国内では飲食・小売などの対人サービス領域でも、現場人材の賃金水準を大きく引き上げる企業が相次いでいます。飲食大手の丸亀製麺やガストは店長クラスの給与を大幅に引き上げていますし、ユニクロでは理論上、店長が年収1億円を狙える評価制度が導入され話題になりました。いわゆるブルーカラーに限らず、「現場で価値を生む人材」の再評価が進んでいます。

この点は、日本の採用データを見るとはっきりと分かります。リクルートワークス研究所の調査によると、2026年卒の大卒求人倍率は1.66倍にとどまっている一方、厚生労働省が公表している2025年3月卒業予定の高校生の求人倍率は3.69倍と、実に2倍以上の開きがあります。

2026年卒の大卒求人倍率 1.66倍(リクルートワークス研究所調べ)
2026年3月卒業予定の高校生の求人倍率 3.69倍(厚生労働省調べ)

大卒と高卒では求人を出す業種や業界、企業規模などに違いがあるもの、それだけでは説明しきれない差です。ざっくりと言えば、高卒人材の多くは、工業高校や商業高校などの専門学科を中心に、基礎的な職業訓練や実務に近い教育を受けている生徒が多い、まさに現場人材の最有力候補です。これらの数字は、企業が「将来性が読みにくいポテンシャル人材よりも、現時点で役割を果たせる現場人材を求めている」ということを示唆しているとも言えないでしょうか。

逆張り戦略が人材獲得競争のセオリー 日本企業は冷静に判断を!

――相対的にブルーカラーや現場人材のニーズが高まっているのは、数字からも明らかですね。このように新卒採用の抑制、中途採用シフトなど大きな変化が起こりつつある中で、日本企業はどのような採用戦略を採るべきでしょうか。

曽和 短期的な合理性で新卒採用を控えるのは、私はお薦めしません。なぜなら、採用の世界では「逆張りができる企業が、結局は一番いい人を採る」という歴史が繰り返されており、半ばセオリー化しつつあるからです。景気や流行に合わせて採用数を増減させるのではなく、一定のリズムで人を採用し、育て続ける企業こそが変化の時代には強い。よく言われているように、AIに奪われる仕事がある一方で、AIにより生み出される仕事も確かにあるのです。

先にお話しした通り、いずれ人員削減を迫られる時が来るのは、私は間違いないと思いますし、「AIにより労働市場が変化している」というニュースや記事が毎日のように出てくるので、それに引っ張られるのもよく分かります。ですが、企業の人事部門は「AIで仕事がなくなるから人を採らない」のではなく、さらにその先を見て、「AIによってこんな仕事が生まれるから、こういう人をしっかり採っていこう」というビジョンや戦略を描くことが、今後は重要になるのだと思います。

曽和利光 先生

株式会社人材研究所 代表取締役社長
1971年、愛知県豊田市出身。灘高等学校を経て1990年に京都大学教育学部に入学、1995年に同学部教育心理学科を卒業。 株式会社リクルートで人事採用部門を担当、最終的にはゼネラルマネージャーとして活動したのち、株式会社オープンハウス、ライフネット生命保険株式会社など多種の業界で人事を担当。「組織」や「人事」と「心理学」をクロスさせた独特の手法が特徴とされる。 2011年に株式会社人材研究所を設立、代表取締役社長に就任。 企業の人事部(採用する側)への指南を行うと同時に、これまで2万人を越える就職希望者の面接を行った経験から、新卒および中途採用の就職活動者(採用される側)への活動指南を各種メディアのコラムなどで展開する。

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