高市首相の「台湾有事」発言は日中関係と経済にどの程度影響するのか
2025年11月、高市早苗首相が国会答弁で言及した「台湾有事」をめぐる発言は、外交・安全保障の文脈を超え、経済や民間交流への影響としても大きく報じられました。
中国との関係が一段と緊張し、中国人観光客が減るのではないか、日中ビジネスは大丈夫なのか。税務、会計に携わる方々のもとにも、こうした不安が持ち込まれていることでしょう。
ただ、政治的な発言のインパクトと、実体経済に表れる影響は、必ずしも同じ大きさ・同じスピードで動くわけではありません。
本稿では、観光、水産物輸出、エンタメ・興行という三つの分野について、公的統計や具体的事例を用いながら、実害の有無と程度を冷静に検証していきます。
目次
- 発言後、中国はどう反応したのか 外交姿勢の変化を時系列で見る
- 中国からの訪日観光客数と経済効果――統計が示す現実
- 水産物輸出――「発言前後で激変」は本当か
- エンタメ・興行分野 中止が象徴する“即時確定型の損失”
- 報道の印象と実害は同じか。数字で距離を測る
- まとめ:観光・水産・エンタメを横断して見える実像
発言後、中国はどう反応したのか 外交姿勢の変化を時系列で見る

国会答弁が発端
発端は11月7日の衆院予算委員会での答弁です。立憲民主党の岡田克也委員が、「どういう場合に存立危機事態になるのか」という趣旨の質問をおこないました。
これに対して、高市首相は「そのときに生じた事態、いかなる事態が生じたかっていうことの情報を総合的に判断しなければならない」としたうえで、更なる岡田委員の追及に対し、「例えば台湾を統一、あの、完全に、まあ、中国北京政府の支配下に置くような」という表現を使ったり、「それがやはり戦艦を使ってですね、そして、武力の行使もともなうものであれば」などと言ったりしたのです。
ロイター報道では、政府側が事前に想定問答を作っていた一方、問題となった部分は「質問通告がなかった」と政府は説明し、立憲側は「首相の持論」との見方を示しています。 (参考:台湾巡る高市氏の国会質疑、政府が事前に「問取り」 立憲は首相の責任指摘 | ロイター通信・2025年12月12日配信)
中国側が反発
外交の世界では、「何を言ったか」以上に、「どういう言葉で言ったか」が重視されます。
とりわけ中国外務省報道官の定例記者会見は、中国政府の公式立場を最も端的に示す場であり、経済・人的交流へのシグナルも、まずここで発せられます。
まず、最初に話題となって嵐のごとく吹き荒れた報道が大阪の中国総領事、薛剣(Xue Jian)氏による11月8日の個人的SNS投稿でした。原文を引用します。
勝手に突っ込んできたその汚い首は一瞬の躊躇もなく斬ってやるしかない。覚悟が出来ているのか。
このツイートはもはや脅迫です。現在は削除されていますが、「首を切ってやる」は最大級の抗議だといえます。本国からも「台湾問題は中国の内政であり、いかなる外国も干渉する権利はない。」との発信が相次ぎました。
中国からの訪日観光客数と経済効果――統計が示す現実
この高市発言によって日本経済は大きな影響を受けるかのごとく報道がされていますが実際どうなのでしょうか。
まず観光分野を見てみましょう。日本政府観光局(JNTO)の月次統計によれば、中国からの訪日客数は次のとおりです。
- 2025年10月:715,700人
- 2025年11月:562,600人
前月比では、訪日中国人は2025年10月の715,700人から11月は562,600人へと約15万3千人減少し、率にして約21%のマイナスとなっています。数字だけを見れば、たしかに大きな落ち込みです。
もっとも、前年同月比で見ると、2024年11月は約546,000人、2025年11月は562,600人であり、人数ベースでは約16,600人増、率にして約3%の増加となっています。したがって、「前年水準を大きく割り込むほど崩れた」と評価するのは慎重であるべきでしょう(出典:日本政府観光局〔JNTO〕「訪日外客数(推計値)月別統計」| 2025年12月17日発表)。
次に経済効果です。観光庁「インバウンド消費動向調査(2025年7~9月期)」によると、中国人訪日客の1人当たり旅行支出額は239,162円です。これを月次人数に当てはめると、
- 2025年10月:約1,712億円
- 2025年11月:約1,346億円
と推計され、約366億円の減少となります。
もっとも、これは単月比較であり、紅葉シーズンや航空便、団体ツアーの催行状況といった季節要因も重なっています。税務実務の視点では、ここで結論を急ぐのではなく、前年同月比や複数月の推移を併せて見る必要があります。
水産物輸出――「発言前後で激変」は本当か
次に水産物輸出です。中国向け水産物は今回の発言で突然止まった、という印象を持たれがちですが、統計を冷静に見るとそれほどでもないという印象になってきます。
農林水産省の貿易統計によれば、
2025年10月の対中国・農林水産物輸出額は166億円、そのうち水産物は6億円にすぎません。
さらに、2025年1~10月累計の対中水産物輸出額は51億円と、すでに低水準にあります。
中国が日本産水産物の輸入を全面停止したのは、2023年8月24日で、表向きの理由は福島第一原発処理水をめぐる安全性への懸念でした。対象となった主な品目は、ホタテ貝、ナマコ、マグロ・カツオ類などで、2022年には中国向け水産物輸出は約871億円に達していました。
つまり、水産物については「今回の発言で一気に悪化した」というより、回復の芽がさらに遠のいたと見る方が現実的です。
エンタメ・興行分野 中止が象徴する“即時確定型の損失”
今回、もっとも強い印象を残したのがエンタメ分野でした。中国本土で予定されていた日本人アーティストの公演が相次いで中止・延期されました。
報道で確認されているものだけでも、
- 浜崎あゆみ:2025年11月28日・上海公演(中止)
- ゆず:同時期予定されていた中国を含むアジアツアー公演(中止)
- LE SSERAFIM(韓国のアイドルグループだが日本人メンバーが2人在籍):2025年12月14日・上海ファンイベント(中止)
といった事例があります。
興行ビジネスの特徴は、費用が先行し、回収が後になる点です。会場費、舞台設営、広告宣伝、渡航費は公演前にほぼ確定します。
中国公演では、会場規模5,000~20,000人、チケット単価800~1,500元が一般的で、1公演あたり数億~十数億円規模の興行収入が見込まれます。複数公演が中止になれば、企業単位では数十億円規模の売上消失となり得ます。
観光統計のように平均化されず、「中止」という一報で損失が確定する。ここに、エンタメ分野特有の痛みがあります。
報道の印象と実害は同じか。数字で距離を測る

今回の件は、ニュースの見出しだけを見ると「日中関係悪化で経済に大打撃」という印象を受けがちです。しかし、数字で距離を測ると、少し違った景色が見えてきます。
観光では、前月比で21%減、推計で約366億円減という動きが確認できます。これは軽視できませんが、同時に前年同月比ではプラスという事実もあります。つまり、「市場が崩壊した」というより、一時的な反動や心理的要因が重なった可能性が高いともいえるのです。
水産物は、足元の輸出額がすでに小さく、今回の発言が直接的に巨額の数字を動かしたわけではありません。影響があるとすれば、回復期待の後退や、契約条件・在庫評価といった企業個別の痛みです。
一方、エンタメは違います。中止=損失確定という構造のため、マクロ統計には出にくいものの、特定企業には深く刺さります。
つまり今回の影響は、「全体が一様に大打撃」ではなく、分野ごとに濃淡がはっきり分かれるのです。
まとめ:観光・水産・エンタメを横断して見える実像
高市首相の「台湾有事」発言を巡る影響は、観光では鈍化、水産では構造問題の継続、エンタメでは中止というかたちで現れました。メディアの印象ほど単純ではありませんが、数字を追えば、どこに注意を向けるべきかが見えてきます。
顧問先や経営者からは、次のような質問を受けることも増えるでしょう。
- 「中国向けビジネス、危ないですか?」
- 「今回の件、決算や資金繰りにどれくらい影響しますか
政治や国際関係が絡むと、経営者はどうしても感情的になります。しかし、税務・会計の現場に立つ者は、数字を基に冷静に判断することこそが求められるのです。
「数字に目を向ける」という姿勢は、単なる理屈ではありません。
有名な経営者であるピーター・ドラッカーは、こう言っています。
“If you can’t measure it, you can’t improve it.”
(測定できないものは、改善できない)
税務、会計に携わる者は、顧問先の業績やリスク状況を数値として捉え、具体的な対応策に落とし込む役割があります。政治的なニュースに揺れ動く前に、次の数字をこまめに見る習慣が重要です。
- 予約・キャンセル率の変動(観光/イベント)
- 前払費用・費用先行投下の状況(興行)
- 在庫評価・契約条件の見直し(輸出)
- 複数月での推移比較(前年同月比含む)
また、経営者向け書籍で知られるドラッガー自身も、「良い経営は事実に基づく」と述べており、これは税務会計の実務にも通じているといえるでしょう。
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