東京から山形へ。Uターンで痛感した地方の壁
井上哲寿が語る故郷の活性化を狙うDX経営とは Vol.2

井上公認会計士事務所 井上 哲寿

「税理士の仕事は、税金の計算をして終わりではない」。山形県の公認会計士・税理士、井上哲寿先生はそう語る。東京でのキャリアを経て地元に戻り、地方ならではの困難に直面するも、DXとクラウド会計を武器に状況を打開。業務効率化で生まれた時間を使って、クライアントに寄り添うコンサルティングに注力している。単なる事務所の成長にとどまらず、社員の自主性を育む組織改革や、都会的な職場環境の整備を通じて、故郷の活性化というビジョンを追求する井上先生のこれまでとこれからを追った。

「税金の計算で終わり」から脱却する
東北1,000社を射程に入れる高付加価値戦略

業務効率化と高付加価値化を進める中で、目指す会計事務所としての姿について教えてください。

井上公認会計士事務所 井上 哲寿

私たちが目指すのは、「税金の計算をして終わり」という従来型の事務所のあり方ではなく、経営コンサルティングに注力する高付加価値型の事務所です。
目標としては、まだ構想の段階ですが、将来的に東北地方で顧客1,000社、売上10億、社員100人くらいの規模になることを目指しています。そのためには、まだまだ先のことではありますが、山形、仙台、東京など複数拠点の展開をはじめ、公認会計士などの資格者を増やす必要があると考えています。


それに伴い、今後力を入れていきたい業務はありますか。

地方で喫緊の課題となっている事業承継サポートやM&Aといった分野にも、精力的に力を入れたいと思っています。特に地方では、高齢化に伴って、社長が70歳なのに後継者がまだいないという会社が非常に多いのが現状です。その際に、税金の計算だけでなく、会社にとって最適な出口戦略まで含めた多様な選択肢を、経営者に提示できるパートナーでありたいと思っています。そのため、事業承継サポートとM&Aは新たな事業の柱として力を入れて育てているところです。


人材育成と「自主性」を育む組織改革
「世界一のNo.2」の実現

スタッフのモチベーション維持や定着のために、特に大切にされていることはありますか?

お客様に褒めてもらうことで自分が必要とされている実感を得ること、これがスタッフのモチベーション維持において最も重要だと私は考えています。様々な試行錯誤を経てたどり着いた結論ですが、結局、所長である私に褒められるよりも、自分が担当したお客様に認めてもらい喜んでもらうことが、本人にとって一番やる気が出るものなのです。感謝されるという経験をすると、仕事がとても楽しいと思えるようになり、それが離職率の低下にもつながっていると私は感じています。
そのため、あえて分業をせず、ひとりのスタッフがクライアントの業務を最初から最後まで担当するという方針をとっています。スタッフにとって、自分の仕事が評価され、認められているという実感を得られる環境を重視しています。
また、大前提として心理的安全性の確保を最も重視し、怒ったりはせず、基本的に褒めて伸ばす指導を心がけています。私自身、前の職場はそういう雰囲気で働きやすかったですし、怒られるのが好きな人はそういないですから。そんな組織風土のおかげか、離職率は低めだと思います。


働きやすい職場環境を整えられる一方で、
スタッフの自主性を引き出すための取り組みについてお聞かせください。

通常業務とは別に、営業・広報・人事のプロジェクトチームを組織し、スタッフ全員が年単位で所属を替えながら活動しています。なかでも、広報チームはSNSやTikTokなどの動画を駆使して様々な案を出してくれ、私も担当メンバーに「踊ってください」と言われれば、本当は苦手ですけど頑張って協力しています(笑)。これらの活動は個人評価にも反映させ、自主的な取り組みを正当に評価する仕組みを整えています。

井上公認会計士事務所 井上 哲寿

またスキルアップのために、ビズアップ総研さんのe-JINZAIのコンテンツを利用して、継続的な学習を促しています。自宅での自己学習も推奨しており、視聴時間に応じて、少し賞与を加算したりと学習成果をインセンティブに繋げています。


事務所の経営理念は「世界一のNo.2」ですが、これはどのように決まったものですか?

この経営理念は、私一人で決めたのではなく、スタッフ全員で話し合って決めたものです。
当所は1年に1回、一泊二日で社員旅行や全社合宿を行っているのですが、この理念は、2019年末の合宿でスタッフ全員と作り上げたもので、事務所の重要な指針となっています。「世界一のNo.2」とは、主役であるお客様の影の立役者として全力でサポートする存在という意味なのですが、この姿勢こそが、「税金の計算だけだったら多分AIができる」時代における、我々税理士の存在意義だと考えています。
また、このようなクリエイティブな作業にスタッフが参加することで、当事者意識と自主性が育まれると考えています。


地方の強みと都会の快適さを両立させた人材戦略
外部交流とAIへの惜しみない投資

地方での人材獲得や、社員が定着する職場づくりのために、特に力を入れていることはありますか?

地方で人が集まりにくいのは、魅力的な職場環境が少ないことが一因だと考えています。私がそうだったように、東京から戻ってきたとしてもそれば別に夢を諦めた訳ではないとわかってもらえるように、当所では都会的で先進的な要素を取り入れたオフィス環境を整備しています。目指すは、ドラマで見るようなオシャレなオフィスです。地方の税理士事務所は「一戸建てと一体化している事務所」や「先生のご自宅に増築したような職場」が多いのが実情ですが、私としては「都心並みの設備と環境で働きやすいオフィス」を目指し、オフィスの内装にもこだわると同時に、待遇としてはお給料も高めに設定しています。そのために自分の所得を削っているわけでもあるのですが(笑)、これらはすべて将来への投資であり、優秀な人たちがいっぱい集まってきてくれることを期待しています。

魅力的な職場環境は採用においても有利に働きますよね。効果も実感されていますか?

家賃が安いという地方の強みを生かし、都心と同等、あるいはそれ以上の広さや内装のオフィスを構えることで、優秀な人材の獲得を目指しています。実際、大卒人材が2名入所したり、優秀な人材が入ってきたりと、効果を実感しています。
地方にしかない「自然環境に恵まれている」「通勤ラッシュがない」「家賃が安い」という強みに、都会と同じような職場環境を提供できたら、求職者への訴求力は強いと考えています。また、離職率の低下や心理的安全性の向上に繋がるとして、社員旅行や芋煮会、バーベキューなどのイベントは積極的に開催しています。

他の事務所との交流も積極的に行われているようですが、その目的は何でしょうか?

井上公認会計士事務所 井上 哲寿

会計業界の中でも特に地方では、職員同士の交流を禁じるという体質の事務所も一部存在しますが、私としては、山形という地域が「陸の孤島」になりがちなため、スタッフにさまざまな外の世界を見てほしいという思いがあり、他事務所との交流は積極的に行っています。
年に一回実施する社員旅行では、他県の先進的な会計事務所さんを訪問し、交流するようにしています。先日は、社員旅行で京都の石黒健太税理士事務所を訪問させていただきました。他の事務所との交流は、刺激やモチベーションアップに絶対につながります。

社員旅行は100万円近くかかることもありますが、それ以上のメリットがあるので投資だと捉えています。 まだまだ保守的な傾向の強い地方の税理士業界において、外部交流はDXと共に差別化を図る重要な要素だと考えています。


未来へのビジョンと新しい挑戦
税理士の存在意義の進化

AIなどの新しい技術への取り組みについて、現状と今後の展望をお聞かせください。

我々の事務所が、地方の多くの事務所に先駆けてDXに取り組んだように、AIについても、誰よりも早く活用したいと、積極的に業務に導入してきました。現在はChat GPTやGoogle AIツールを導入し、特に顧客からの質問への回答や文書生成にAIを活用しています。今後は、仕訳の自動化システムをAIに切り替え、私たちはそれをチェックするだけという形に業務フローを変革しようとしています。

井上公認会計士事務所 井上 哲寿

AI時代における税理士の役割についてはどのように考えてらっしゃいますか。

税金の計算や数字を作る作業は、もはやAIが担える時代になりつつあります。だからこそ、会計事務所に求められるのは「数字を出すこと」ではなく、その先にある未来を経営者とともに考える姿勢だと私たちは考えています。経営者に寄り添い、ともに考え、ともに悩む――。そうしたコンサルティング的な要素こそが、これからの会計事務所の存在意義になると思っています。
「ともに考え、ともに悩む」姿勢は、お客様との一体感や信頼関係を育みます。それが結果として「高付加価値サービスを高く提供できる」理由になると確信しています。新しい技術や変化を恐れず、時代に適応する姿勢は、これからの会計事務所にとって欠かせないものだと私は考えています。

プロフィール
井上公認会計士事務所 井上 哲寿(いのうえ あきひさ)

公認会計士・税理士。2004年に公認会計士試験に合格し、東京の大手監査法人で約8年間勤務した。2012年7月、地元山形市で井上公認会計士事務所を開業。 経営理念は「世界一のNo.2」であり、中小企業の経営者と共に問題解決に取り組むことを業務の柱とする。地方の閉鎖的な環境や古い慣習を打破するため、「変化することをおそれず、変化しないことをおそれる」をミッションに掲げ、地方のDXを牽引中である。
マネーフォワードクラウドを中心とした最新SaaSを活用するクラウド型経理アウトソーシング事業に注力し、クラウド導入実績は250件を超え東北トップクラスである。地方にありながら、所定労働時間は1日7時間(月140時間)、フレックスタイム制、フリーアドレス制を導入するなど、都会と遜色のない柔軟な労働環境を実現している。

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