「スピード」と「人間力」で勝つ!
医療特化型会計事務所のAI戦略 Vol.2

東日本税理士法人 長英一郎税理士事務所 所長・代表社員 長 英一郎

東日本税理士法人 代表社員・公認会計士・税理士 長 英一郎

税理士の仕事は、いまだに膨大な紙の書類や手作業に追われるイメージが根強い。しかし、その常識を覆し、AIとリモートワークで事務所のあり方を根本から変革している会計事務所がある。長英一郎先生率いる東日本税理士法人だ。代表の長英一郎先生は、税理士として20年以上のキャリアを持つ傍ら、多様なソーシャルメディアを使い様々な情報を精力的に発信。また、完全リモートワークをいち早く実現するとともに、メイン業務にAIを活用し、顧問先である医療業界のDXコンサルティングまで手掛けるなど、その革新的な取り組みは多くの注目を集めている。AIとデジタル技術をいかにして事務所に浸透させ、生産性の向上と顧客満足度を両立させているのか。その実践と哲学に迫る。

AI時代の採用基準と所員育成
事務所としての質の担保が絶対条件

AI活用に大きく舵を切る中で、採用基準に変化はありましたか。

東日本税理士法人 長英一郎税理士事務所 所長・代表社員 長 英一郎

昔は税法知識や経験を重視していましたが、今はITリテラシーがあるかを最重視しています。まずオンライン面接でZoomに接続できない場合は採用を見送りますし、バーチャルオフィスへのアクセステストも行っています。Google Chromeでのアクセス理解度や、チャットツール使用経験も確認します。AIやデジタル化など新しいものへの抵抗がないかどうか柔軟性も大事にしています。
今私が一人で行っている医療業界向けのDXコンサルですが、この業務に関しては医療とデジタルに強ければ税理士の資格がなくてもいいかもしれないと感じています。

私たちは、規模拡大よりも現在の固定メンバーで質を重視する経営方針を維持し、「質が低下するくらいなら規模を縮小してでも質を維持する」と決めています。所長として最終的にクレームを受ける立場なので、質の低下によるクレーム増加は避けたいのです。

貴所における人材育成はどのように行っていますか?

従来の税務研修よりも、会計ソフトやAIの活用研修を重視しています。他の会計事務所がやるような税務研修はほとんど実施していません。税理士がメインの職員構成なので、自己学習で対応可能だからです。マンツーマン指導は実施しておらず、各担当者による事例発表が研修の中心ですね。経理初心者向けの講座は動画を活用するなど、外部の力も借りています。
ここ1年で驚くほどの変化として、新しく入った職員でも、AIの活用で、ベテラン並みの回答ができるようになったと感じています。ベテランが新人の回答をチェックしていますが、ほとんど間違いがない状態です。今まで徐々に段階を踏んで教育していたことが、一足飛びにできるようになっています。

DX化が可能にする医療業界の変革
長期的視野が求められるDX導入計画

税務・会計に加え、AIを活用したコンサルティングも手掛けられています。
具体的な業務内容を教えてください。

医療分野の税務・会計に加え、「AIを活用した業務改革コンサル」も業務として行なっています。医師や看護師の業務の2~3割が事務作業なのです。カルテ入力に追われている先生も多いです。この部分をAI活用で労力を軽減することで、患者さんと接する時間を増やすことにつなげられます。病院はクリニックよりも、インターネット環境が制限されていることが多く、仮想ブラウザや仮想パソコンを使うなどして限定的にネット接続を行うなど、さまざまな工夫が必要です。それもあって、病院では議事録作成や厚労省資料の要約から始めるのが効果的です。医療業界向けのDXコンサルは、経営改善に直結し、今後需要が伸びていく分野だと考えています。特に、病院の方が人数も多くなるので、クリニックよりも導入効果は大きくなります。その中において、当所の職員は全員、医療経営士の資格を取得しているので、その医療の制度・法律への知識も武器に、AIコンサルも実施できればいいなと思います。


実際に先生がDXコンサルを行ったことで変化を感じられた実例を教えてください。

福岡の病院の例なのですが、医師や看護師といった現場スタッフの方が、50個程度のプロンプトを自作して、事務作業の自動化に自ら取り組んでいます。システム担当の方が作ったのではなく、現場の方が自分たちの業務を便利にするために作成・活用しており、これは相当労働時間や残業時間の短縮につながっていると考えています。さらにAI活用で生まれた空き時間を使って、売上増に繋げることができると思います。

東日本税理士法人 長英一郎税理士事務所 所長・代表社員 長 英一郎

例えば、入院患者の受け入れに関しても、自動化で2割ゆとりが生まれているのであれば、積極的に受け入れを考えることができるでしょう。残念ながらAIの効果は即座には現れないので、長期的な視点が必要です。1年半後くらいに売上増加、人件費抑制、残業時間削減の効果が出てきます。人件費も増えていないのに利益が上がり、残業時間も減っている。そうなってはじめて効果を実感できるものなので、最初は投資がかさみ費用が増えますが、後から回収される仕組みなのです。


「スピード」がもたらす顧客満足度向上が
AI活用で加速化

事務所の経営において、特に重視していることはありますか?

事務所の価値観として、私は「スピード・スピード・スピード」を掲げています。とにかくお客様へのレスポンスを速くする。これがAI活用によりさらに加速化しました。財務諸表の数字羅列ではなく、生成AI活用により絵や図表を使った分かりやすい報告書も短時間で作成・提供でき、質問への回答スピードも劇的に向上しました。顧客からは「まさか10分後に大量の回答が来るとは思わなかった」と驚かれることもあります。また資料のビジュアルもきれいにまとめられるようになってきています。
中小規模の事務所はスピードがないと大手に勝てないと私は思っているので、じっくり時間をかけるより早い対応を重視し、「後で修正すれば良い」という考え方で仕事をしています。日頃の満足度を上げておけば、万が一ミスをした時にもお客様に許してもらえる関係性を築くことができますし、特に有資格者がメインの当所の場合は、有資格者のベテランがスピード感をもって対応してくる、ということで他の事務所との差別化につながっていると思います。


AI時代における会計事務所の「生き残り戦略」
人間にしかできない仕事を追究する

AIが進化する中で、会計事務所の「人間にしかできない仕事」とは何でしょうか?

AIは多くの選択肢を提示してくれますが、最終的にどれを選ぶかの決定は人間にしかできません。AIの回答から最適なものを選択する「最終決定の判断」と、お客様に寄り添う「人間力」こそが、これからの会計事務所に求められる資質だと私は考えています。この人に話を聞いてもらいたい、とかこの人が言うことなら聞いてみようとか思わせる力ですね。
AIの時代だからこそ、税理士資格の価値はむしろ高まると思います。AIは誰でも使えるので、一定の答えは簡単に出せるようになりますよね。ただ、その回答に最終的な判断を下せるのは資格を持った専門家だけです。その資格に対する信頼こそが、大きな価値につながると考えています。
また、コミュニケーション力の重要性が高まります。雑談などの親しみやすさやといった「人間力」は、AIには真似できない部分です。クライアントからの相談に傾聴し、たとえ最適な回答が出せなかったとしても話を聞いてもらえて良かったと思えるような関係が理想ですね。ただ、職員全員がコミュニケーション力が高いというのは現実的にないので、内向的であれば申告書作成を正確にこなすといった能力も引き続き重宝されるかと思います。


DX推進までの事務所の軌跡と今後の展望
事務所の成功例を医療業界にも波及させていく

これまでのDX推進で、最も困難だったことは何ですか?

実はDX化よりかなり前に、働き方改革として強制的に20時消灯を行ったことがありました。「蛍の光」も流して。真っ暗な中で残業していることに加え、私のコミュニケーション不足も相まって、優秀な税理士3名が一度に退職したことがあるんです。当所における最大の危機と言ってもいいかもしれません。この反省からDX化のときにも「無理強いしない」ように意識するようになりました。トップダウンも時には重要ですが、今は意見も聞きながら進めるようにしています。

最後に、貴所の今後の展望について教えていただけますか。

今後はAI活用の経験を活かし、プログラミングと自動化によるさらなる業務効率化を進めていきます。以前は専門家に聞かなければできなかったことが、今ならAIを活用して独学でスキルを習得できることも多い。私自身が運営するオンラインサロンがあるのですが、病院関係者とAIに関する情報交換を日々活発に行っています。

病院や医療分野におけるAIの具体的な活用方法についてのディスカッションも盛んで、このオンラインサロンは、メンバー同士で勉強会や病院見学、海外視察などにも行っており、私にとって職場とプライベートに次ぐ第三の場として日常的に情報交換ができています。こうして構築したノウハウや事務所で実践した効率化を、お客様の病院にもそれぞれカスタマイズしたうえで提案していきたいと考えています。業務を効率化することで担当できる件数を増やし、売上と職員の給与向上を図ることが、事務所ひいては士業全体の発展につながるのではないかと思います。

東日本税理士法人 長英一郎税理士事務所 所長・代表社員 長 英一郎
プロフィール
東日本税理士法人 代表社員・公認会計士・税理士 長 英一郎

公認会計士・税理士としての専門性に加え、ACLS(高度心肺蘇生法)プロバイダーの資格も保有し、「患者視点の医療経営」をモットーに活動している。医療・介護現場のリアルを知るため、病院や施設の体験見学を重視しており、国内にとどまらず海外にも積極的に足を運ぶ。その体験から得た知見は、講演やSNSを通じて広く発信している。近年ではChatGPTなどのAIツールも積極的に取り入れ、医療・介護の現場における新たな情報発信と業務効率化にも取り組んでいる。

「登録する」をクリックすると、認証用メールが送信されます。メール内のリンクにアクセスし、登録が正式に完了します。

売上アップの秘訣や事務所経営に役立つ情報が満載
税理士.chの最新記事をメールでお知らせ