「スピード」と「人間力」で勝つ!
医療特化型会計事務所のAI戦略 Vol.1

東日本税理士法人 代表社員・公認会計士・税理士 長 英一郎
税理士の仕事は、いまだに膨大な紙の書類や手作業に追われるイメージが根強い。しかし、その常識を覆し、AIとリモートワークで事務所のあり方を根本から変革している会計事務所がある。長英一郎先生率いる東日本税理士法人だ。代表の長英一郎先生は、税理士として20年以上のキャリアを持つ傍ら、多様なソーシャルメディアを使い様々な情報を精力的に発信。また、完全リモートワークをいち早く実現するとともに、メイン業務にAIを活用し、顧問先である医療業界のDXコンサルティングまで手掛けるなど、その革新的な取り組みは多くの注目を集めている。AIとデジタル技術をいかにして事務所に浸透させ、生産性の向上と顧客満足度を両立させているのか。その実践と哲学に迫る。
新しいものは「とりあえずやってみる」
自然体で進める情報発信
長先生は、SNSでの発信を積極的に続けていらっしゃいますね。
発信を始めたきっかけについて、改めてお伺いできますか?
Twitter(現X)やブログは、会計士になったばかりの頃、20年以上前から利用しています。当時はブログやTwitterがまだ黎明期で、ただ純粋に新しい面白そうなものを使ってみたいという思いだけで始めました。
明確に集客を目的としていたわけではなく、新しいプラットフォームが出てきたら「なんだか流行っているしやってみようかな」といった気軽な感覚でしたね。事務所のDX化の歴史も「デジタルしくじり日記」という4コマ漫画にしました。私はおさトラというトラで描かれています(笑)。

特に反響が大きかったコンテンツはありますか?
過去に何度かSNSの投稿がバズったことはあるのですが、バズることを狙って上げているわけではないので、正直何がバズるのかは未だによく分からないです。でも、みんながあまり知らないような情報をアップした時は反響が大きいと感じます。例えば、厚生労働省の150ページにも及ぶ資料から、重要な部分を要約してキャッチーな見出しを付けてSNSにアップしたときは、かつてないほどの多くの人に読まれました。この資料自体は、ウェブサイトで公開されているもので、見ようと思えば誰でも見ることのできる情報なのですが、自発的にそこまでたどり着く人はあまりいないのでしょうね。情報を発信する際は、「みんなに重要な情報を知らせてあげよう」というサービス精神を持つことが大切かなと思っています。そうして気負わずに自然体で続けていくと突然バズるので、面白いなと感じています。
発信活動として、他にはどのようなツールを使っていますか?
先ほどのXやブログをはじめ、YouTubeや書籍、講演活動まで幅広く手掛けています。また、日々のニュースの話題を即興でピックアップし、音声コンテンツも作成しています。これは移動時間など、完全に隙間時間を使っています。これらの活動は、最初は集客目的ではありませんでしたが、後から集客やリクルート活動にも効果があることに気づきました。フォロワーは病院関係者の方が多いですね。このおかげか、今も営業活動なしに依頼が集まっているというありがたい状態です。とにかく新しいものが出たら「とりあえず試してみる」という姿勢が重要だと思っています。このマインドでAI活用も取り入れたというわけです。
3つのAIツールの徹底活用
日々の試行錯誤が重要
現在、貴事務所ではどんなAIツールを活用していますか。
AIツールの使い分けについても教えてください。
主にChatGPTとClaude、Geminiの3つを使っています。どのツールも全職員に有料版を提供していますが、まずChatGPTは主に調べ物ですね。お客様から税務や医療制度に関する質問があれば、すぐに「ディープリサーチ」機能を使って調べています。精度が高いので、お客様への回答スピードが劇的に早くなりました。ChatGPTを使って得た回答を提示したうえで、「税理士として私はこう思う」とお客様に伝えています。また、最近ではChatGPTのエージェント機能を使ってExcelへの転記作業を自動化しています。
Claudeは、日本語での文書作成能力が非常に優れていると感じているので、財務分析や詫び状、定款の作成といった業務に使っています。試算表や損益計算書、貸借対照表を読み込ませて分析したり、前期比較表を作ったり、申請書類の認定要件との照合による問題点の抽出にも活用しています。
相当な時短につながりそうですね。

業務負荷の軽減としてはかなりのものです。最後のGeminiは、主にGoogle Workspaceとの親和性を期待して導入しました。事務所ではGmailやGoogleカレンダーといったGoogle Workspaceのサービスを日常的に使っていますので、連携の強みが活かせるのではないかと考えています。特にGoogle Apps Script(GAS)を使ったプログラミング支援や、業務マニュアルの作成といったところですね。先日、業務中のパソコン操作を動画で記録し、その映像をAIツールのGeminiに読み込ませたところ、自動で操作手順をまとめた業務マニュアルを作成することができました。
確認しましたが内容もほぼ正確。職員の退職時の引き継ぎなどにも使えるので、これはすごく有効だという手応えを感じました。
先ほど、調べ物はChatGPTと言いましたが、最近では、ChatGPT、Claud、Geminiそれぞれの出した答えを並べてみて、一番良いものを使うのが職員の中では当たり前になってきました。プロンプトはすべて同じなので、特に手間もかかりません。このように、日々進化するツールを比較検討し、その時々の業務に最適なものを選ぶことが重要だと考えています。
事務所を変えたAI浸透術と業務効率化
「無理強いしない」AI導入の秘訣とは
全職員に各種AIツールの有料版を導入しているとのことですが、所内におけるAI導入はどのように実現していったのでしょうか。
現在は職員の約95%が業務でAIを活用しています。どうしても100%にするのは難しい。徹底したのは、「メンバーに無理強いしない」ということです。最初から一斉に導入するのではなく、まずはAIに抵抗が少なそうな職員を2、3人選んで、少人数から始めてもらい、その効果を共有しながら段階的に所内に広げていきました。導入当初は「ハルシネーション(嘘をつく)」問題などで抵抗感を示していた職員もいましたが、一度使い始めて便利さが分かると、自然と使うようになりましたね。
AIツールの活用による具体的な業務効率化の事例を教えてください。
財務資料をClaudeで要約したり、Gammaでプレゼン資料を作ったりという使い方もしており、効果的なものは全体に共有するようにしています。
また、会議の議事録作成として、PLAUD NOTEを使っています。これはワンタッチで録音できて、それをClaudeやChatGPTに読み込ませて要約するのですが、私としてはこれが最も時短になっていると感じます。スマホ録音と違って電話による中断がない点も優れていますし、Zoomの要約機能よりも精度が高いと思います。
他にもGASのコードをAIに作ってもらったり、エラーが出てもスクリーンショットを撮って、Geminiに読み込ませ、解決方法を教えてもらったり。コードの中身を知らなくても、コピー&ペーストだけで実行できるので、専門知識がなくても、AIを活用すれば誰でもプログラミングができる時代になったと実感しています。
AI導入によって、事務所経営にはどのような変化がありましたか?
総職員数は1~2名減りましたが、一人当たりの売上は確実に向上しています。その結果、残業時間も減り、効率化による利益増加で決算賞与も支給できるようになりました。AIによる自動化の効果を実感しましたね。当所はもともと「記帳代行ほぼなし」「資格者中心」「医療経営に特化」というスタイルでやってきた事務所でしたが、提案書作成や財務分析、質問対応といった知的業務の中核にも、AIを活用しています。
コア業務に関しても、積極的にAIを活用されているのですね。
ちなみにRPA導入は検討されたことはあるのでしょうか。
実はRPAの導入は過去に2回挫折しています。画面が変わるだけで頻繁にエラーが出ますし、シナリオ作成やエラー修正の負荷が大きいことに加え、職員の反対もありました。RPA活用による電子申告の自動化を目指したのですが、まだ実現できておらず今も手作業で対応しています。でもRPAは諦めてはいません。パターンが決まった業務には有効だと思いますし、PythonやGAS、一般的なRPAなど、様々な種類を試しながら、今後も自動化にはチャレンジし続けたいと思っています。
完全リモートワークが変革した組織と人材
月1回全職員へのナレッジ共有
事務所経営の変化といえば、2020年4月から完全在宅勤務に移行されていますね。
組織にどのような影響がありましたか?
離職率が極端に下がりましたね。人間関係で辞める人がいなくなったように感じます。毎日顔を合わせることによる摩擦がなくなったからだと思います。今は出社も日に1~2人程度で、郵送物確認など必要な時のみ。たまに研修や懇親会で会うと同窓会みたいな雰囲気になって、和気あいあいとしていますよ(笑)。
先生ご自身も出社されていないそうですね。
はい、神楽坂の本社にはあまり出社していません。在宅勤務でも業務に全く支障がない体制を構築できています。申請も不要で、完全に自由な体制です。日常の業務連絡はすべてチャットワークで行っています。チャットでは伝わりにくい部分は、バーチャルオフィスで音声によるコミュニケーションも可能です。顧客対応は主担当と補助担当の2名体制を取っているので、情報共有は徹底しています。
また、AI活用のノウハウ共有とコミュニケーションの活性化を兼ねて、月1回の全体ミーティングでAIの活用状況や効果的な事例を口頭で共有し、3ヶ月に1回程度は対面で事例発表会を実施しています。発表会の後には懇親会も開催し、交流を深めるようにしています。

プロフィール |
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東日本税理士法人 代表社員・公認会計士・税理士 長 英一郎
公認会計士・税理士としての専門性に加え、ACLS(高度心肺蘇生法)プロバイダーの資格も保有し、「患者視点の医療経営」をモットーに活動している。医療・介護現場のリアルを知るため、病院や施設の体験見学を重視しており、国内にとどまらず海外にも積極的に足を運ぶ。その体験から得た知見は、講演やSNSを通じて広く発信している。近年ではChatGPTなどのAIツールも積極的に取り入れ、医療・介護の現場における新たな情報発信と業務効率化にも取り組んでいる。 |