iDOORが仕掛ける、提案力を高める会計事務所DX
データ蓄積から始まる“実務AI”最前線

株式会社iDOOR 代表取締役 CEO 岡田 湧真
株式会社iDOOR 取締役 COO/ALEX会計事務所 代表・税理士・公認会計士 児玉 洋貴
少子高齢化が進む現代において、会計業界においても人手不足は深刻化の一方。持続的な成長と質の高いサービス提供には、DX推進が不可欠だ。
株式会社iDOORは、単なる業務効率化に留まらず、会計事務所が顧問先へ質の高い提案力を提供し、信頼関係を深化させるためのDXサービスを展開している。今回は、代表取締役社長である岡田湧真氏と、取締役を務める税理士の児玉洋貴先生に、L-Chatの開発背景から新サービス、そしてiDOORが目指す未来について詳しく話を伺った。
L-Chat:会計事務所の未来を拓く「タスク特化型AI」の全貌
まずは、貴社の主力サービス「L-Chat」の概要について教えてください。

岡田湧氏(以下岡田):L-Chatは、士業の業務効率化と提案力強化を支援する対話型AIサービスです。
わかりやすく言えば「士業専用のChatGPT」ですね。実際にはChatGPT、Gemini、Perplexityといった複数の有料AIモデルの技術を組み合わせており、常に最新のAIモデルを追加課金なしで利用できます。
2023年10月にリリースし、現在では全国約50の事務所に導入されています。
どのような機能があり、どのように業務をサポートするのでしょうか?
岡田:会計事務所向けには、PDF要約、財務分析、議事録整理、提案資料作成といった日常業務をサポートする機能が充実しています。その他にも、税務・労務関連のナレッジ検索、就業規則改定支援、給与計算チェック、統計データまとめなど、30種類以上の士業に特化した業務支援AIを搭載。これにより、AIで何ができるか分からないという方でも、業務内容に合ったメニューを選ぶだけで手軽に活用できます。プロンプト入力が不要で、AIに不慣れな方でも即座にスムーズに使えるのも強みです。
さらに、WordやExcel、PDFファイルなどをインポートして事務所独自の専用AIを構築することも可能です。また、メンバーの利用状況を確認できるダッシュボード機能も備わっています。
開発の背景には、どのような課題意識があったのでしょうか。
岡田:会計業界は労働集約型の構造にもかかわらず、少子化や労働人口の減少により担い手となる人材が年々減っています。今後は一人あたりの担当件数がさらに増えていくことが見込まれ、従来のやり方では当然限界が来ます。そうした中で、日常業務の効率化や、質問・相談への対応負担を下げるために、AIの活用が不可欠だと感じました。
L-Chatは今年の夏にリニューアルされたと伺いました。
どのように進化したのか教えてください。
岡田:リリース当初のL-Chatは、事務所ごとのQ&Aや対応履歴などを学習させて最適化する「データ蓄積型AI」の設計でした。しかし、データの登録や調整の手間の問題もあり、結果的に現場の負担となるケースも見られました。
そこで、今年の夏に「タスク特化型AI」へと大幅にリニューアル。あらかじめ業務ごとに必要な処理や出力の型を定義し、プロンプト入力なしで実行できるようにしました。これにより、AIの仕組みに精通していない現場でもすぐに、かつ直感的に使えるようになったのです。
もちろん、従来のように事務所固有の情報だけを読み込ませての運用も引き続き可能です。たとえば事務所の総務マニュアルを学習データにして回答させるといったシーンで役立ちます。
L-Chatが実現する業務効率化と提案力向上
L-Chatの導入によって、
どのような業務が効率化・高度化されるのでしょうか。
児玉洋貴氏(以下児玉):たとえば、定期面談に向けた議題や確認事項、提案内容については、職員が一から組み立てる必要がありますが、L-Chatを起点とすれば効率よく準備できます。さらに、面談後の議事録整理や、日常的な問い合わせへの初期対応もL-Chatに任せることが可能です。
こうした業務を属人化せず、共通化・外部化することで、事務所全体の対応力が高まり、業務の見通しも立てやすくなります。
具体的には、顧問先に対してどのような提案が可能になるのでしょうか。
児玉:たとえば、将来の売上や利益、キャッシュフローといった財務数値に関する提案です。来期の売上目標をどう設定するか、それに必要な利益率を確保するにはどの程度まで原価・経費を抑えるべきか、あるいは運転資金や投資資金としていくら資金調達が必要か、といった具体的な話になります。
従来の税理士の顧問先への関わりは、帳簿を整理・作成という過去に関する業務が中心でした。しかし現場において求められているのは、こうした将来の数字をどう描き、実現していくかという視点です。
L-Chatでは、たとえば決算シミュレーションから最適な融資方法を導き出し、その資金をどう活用して新規事業に投資するか、さらには売上拡大へどうつなげるかといった、未来志向の経営戦略の立案を支援します。もちろん、節税を含めた税務面の最適化も併せて行います。

新人育成と事務所成長におけるL-Chatの役割
経験の浅い職員でも、
すぐに提案業務に関われるようになるのでしょうか?
児玉:可能性は十分あります。ただし、何を任せるかの判断や、AIが出力した内容の最終的な確認は、人が担うべき部分です。
L-Chatを使えば、AIが提案のたたき台を作ってくれる。それをベテランがブラッシュアップすることで、新人でも提案業務のプロセスに加われるようになります。
この仕組みによって、経験の浅い職員でも実践的な学びを得やすくなり、成長スピードが上がる。結果として、教育にかかる時間やコストの削減にもつながると考えています。
どのような規模の事務所がL-Chatの導入に向いているとお考えですか。
岡田:職員5~10名程度の事務所を入口とし、それ以上の規模であれば、いずれの事務所でも活用の余地はあると思います。
実際に導入が進んでいるのは、20~30名規模の事務所が多く、ちょうど拡大フェーズに入っているタイミングです。この段階では、未経験者や若手の採用・育成に力を入れる必要があり、ベテランとの知識格差をどう埋めるかが課題になります。そうした中で、教育や提案支援の手段としてAIの導入を検討されるケースが増えています。
AIの進化によって、今後ますます多くの業務が自動化されていくと思われます。
そうした中でも、税理士に求められ続ける役割とは、
どのようなものだとお考えですか。
児玉:私は、感情や言い回し、そして信頼関係の構築といった、人間ならではの領域が残っていくと考えています。AIがいくら理論的に正しいことを言っても、「この人の言うことだから納得できる」と思えるかどうかは、共感や信頼といった要素に左右されます。
また、税理士は会社の全てのお金の流れ――つまりすべての取引や動きを把握できる、社長以外では唯一の存在です。その立場だからこそ、経営者と同じ目線で会社の未来を考え、伴走できるかが問われます。
AIはデータから最適な答えを出すことはできますが、経営者の漠然とした不安や、言葉にならない思いに寄り添うことはできません。そうした人間的な部分にこそ、これからの税理士の価値があると思います。
iDOORが目指す、税理士と顧問先の
「コミュニケーションDX」
iDOORのサービス開発の原点について教えてください。
岡田:私は過去に、専門職向けのコンサルティング会社に5年半在籍し、税理士の先生方をクライアントとして支援していました。提案ひとつで顧問先企業の経営を大きく動かせる、その姿を間近で見る中で、この業界に関わる意義の大きさを強く感じるようになったのです。
また、以前、iDOORとは別に自身で事業を立ち上げたことがあります。そのとき、顧問税理士からスタートアップ向けの制度融資について何の案内もなく、後になって知人経由で知ったことに、正直かなり悔しい思いをしました。あのとき「知っていれば、もっと選択肢があったのに」と感じたのを、今でも覚えています。同じような思いを、他の誰にもしてほしくない。そんな気持ちが、税理士が自然に情報提供や提案ができる仕組みづくりを目指す原動力になっています。
実務で多忙な現場でも、無理なく顧客に必要な情報が届くように。士業とその顧問先企業の双方にとって、より実りある関係性が築けるような仕組みをつくりたい——それが、サービス開発の原点になっています。
そこから、最初のサービスとしてL-MagaZineを開発され、
約4年前にリリースされます。
岡田:L-MagaZineは「税理士・公認会計士が作ったLINE動画配信システム」として、法改正や制度変更、経営に役立つ情報をLINEやChatworkで動画配信する情報配信サービスです。先生方が実務で忙しくても、顧問先に価値ある情報を効率的に届けられる仕組みとして、私の原体験や問題意識を反映させたもので、当社がリリースした最初のサービスです。
このL-MagaZineを通じて情報提供の自動化に取り組む中で、さらに一歩踏み込み、事務所ごとの思考や対応のスタイルまで再現できるAIがあれば、職員の判断レベルの底上げや、顧問先対応の均質化にもつながると考えるようになり、L-Chatの開発につながっていきました。
児玉先生は、ALEX会計事務所の代表/公認会計士・税理士も務められています。
iDOORではどのような役割を担っていらっしゃるのでしょうか。
児玉:私は主にサービスのコンセプト作りや要件定義に携わっています。L-MagaZineやL-Chatといったサービスの、「こういう機能でこういう価値を提供できるといいよね」という部分を岡田と共に検討するのが大きな役割です。また、パイロット版が完成した際には、私の事務所で実際に使ってみてフィードバックをし、実際の現場で使えるものへのブラッシュアップにつなげています。現場でのニーズを開発に活かしていくという形です。
岡田社長と児玉先生、二人の出会いについて教えてください。
岡田:児玉とは、前職のコンサルティング会社で顧客として知り合いました。私が東京本社にいる時に契約し、その後名古屋支社に移動してからも、東京に帰るタイミングでちょこちょこコミュニケーションを取っていましたね。退職時に挨拶の連絡をしたところ、名古屋まで来てくれて。その時に、L-MagaZineの前身となるアイデアを見せて「作ろうと思っているんですよ」と話したら、「面白そうだね」と興味を示してくれたのが協業のきっかけですね。
iDOORの事業コンセプトを改めて教えてください。
岡田:我々のサービスの大きなテーマは、士業事務所と顧問先とのコミュニケーションの質を高めることです。ツールを通じて信頼関係を築き、情報提供や提案の機会を増やすことで、税務にとどまらず経営支援まで担える環境づくりを支援していきたいと考えています。
Notionで実現する「データ駆動型」の業務管理
L-Chatに続く新サービスとして、
Notionを活用した業務管理パッケージの提供を開始されました。
これはどのようなサービスでしょうか。
岡田:10名から20名規模の税理士事務所を主な対象として開発した、業務管理用のツールです。
既存の業務管理システムが抱える高コストや柔軟性の課題に対し、私たちは、Excelのような直感的な操作感と、ノーコード・ローコードで設計・保守の負担が少なく、事務所の業務フローに合わせて柔軟にカスタマイズできるNotionに着目しました。
当社では、士業の先生方がすぐに活用できるよう、Notion上で使える業務管理のテンプレートをパッケージ化し、あわせて学習用の動画も提供しています。
特に、職員が10名を超え、所長の目が全体に行き届きにくくなってきた事務所において、属人的な管理から脱却し、組織的な運営に切り替えるためのサポートツールとして機能することを狙っています。
L-Chatとの連携も視野に入れていると伺いました。
岡田:Notionは様々な外部ツールやAIとの連携がしやすく、開発も容易です。将来的にはL-Chatとも連携し、Notionに蓄積された顧問先の議事録や日々のタスク管理履歴などを学習データとして活用し、L-Chatで顧問先特有の回答を出せるようにしたいと考えています。これは、我々が当初から目指していた「データ資産化」を、日常業務の中で自然と実現していくコンセプトです。
信頼を築く営業戦略
現場に根差した「二人三脚」の導入支援
ITツールに対して保守的な事務所も多い中、
営業や導入支援において工夫されている点はありますか。
岡田:私たちが主に支援している中小規模の事務所には、メールやDM、電話などの直接的な手法が効果的です。営業においては、最初からシステムの説明をすることはありません。まずは事務所の現状や課題、今後の方針を丁寧にヒアリングし、そのうえで本当に役立つと判断した場合にのみ、ツールのご提案をします。
「売る」ことよりも、「課題解決のためのパートナーとして信頼されること」を重視し、ヒアリングに多くの時間を割いています。
導入後の支援においても、すぐに成果が出るわけではないため、継続的かつ粘り強いサポートが不可欠です。たとえばL-MagaZineの運用支援では、配信リストの作成をお願いしても、他業務が優先されて後回しにされがちです。そうした場合でも、こちらから何度も声をかけながら、一つひとつのハードルを一緒に乗り越えるつもりで、地道に支援を続けています。
人材とテクノロジーで「士業プラットフォーム」を構築
iDOORが描く未来は
今後、他に開発を考えているサービスはありますか。
岡田:来期からは人材紹介の領域にも取り組む予定です。どれだけテクノロジーが進化しても、最終的にシステムを活用するのは「人」です。人材がいなければ業務は回らず、組織も成り立ちません。そうした根本的な部分も含めて、ツールと人の両面から事務所の運営を支援できる体制を整えていきたいと考えています。
最後に、今後3年で実現したいビジョンをお聞かせください。
岡田:今後は、私たち自身のサービスにとどまらず、他社が持つ有効なソリューションも組み合わせて、士業の先生方が顧問先に幅広い提案ができるような「プラットフォーム」をつくっていきたいと考えています。
士業事務所の業務効率化だけでなく、提案力を高めて顧問先の経営に貢献することで、顧問料の向上も期待できます。将来的には、私たちが士業の先生方と連携して、顧問先に対して直接提案できる仕組みも構築していきたいと考えています。
ーー本日は貴重なお話をどうもありがとうございました。

プロフィール |
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株式会社iDOOR 代表取締役CEO 岡田 湧真
大学卒業後マニラのベンチャー企業を経て都内の士業向けコンサルティング会社にて士業事務所のマーケティング・業務効率化に携わり、名古屋支社長を務める。現在はナレッジ産業のパフォーマンス向上をミッションに、2021年5月に士業事務所向けにLINE・チャットワークと連携した動画情報配信システム「L-MagaZine」をリリース。2023年にはChatGPTに専門情報を学習させられる「L-Chat」をリリースし、AIを活用した士業事務所のデータ資産化に注力している。 |
株式会社iDOOR 取締役COO/ALEX会計事務所 代表・税理士・公認会計士 児玉 洋貴
2010年に一橋大学経済学部を卒業後、アビームコンサルティング会社やあずさ監査法人等で経験を積み2016年1月ALEX会計事務所を開業。開業3年で売上1億円を突破。順調に拡大を続けていたが、急拡大とハードワークが求められる環境があだとなり、2020年末に社員が2名になる事態に陥る。以降、あらゆる業務の標準化・効率化に徹底的に取り組み、現在は社員20名・アルバイト6名の組織に。その経験を活かし、株式会社iDOORでは顧客とのコミュニケーションに焦点を当てたサービスの開発を行っている。 |