零細企業のためのM&A<深読み 最新税制レビューVol.10>
佐藤信祐事務所 所長 公認会計士・税理士 博士(法学)
佐藤 信祐 先生
2023/10/25
業界屈指の専門家である佐藤信祐先生が、さまざまな税制や組織再編等に関する新しい論点・最新情報、少しマニアックな税務トピック、判例裁決事例など、独自の視点で解説します。
かつては、M&Aと言うと、大企業が行うイメージがあったが、最近では、中堅企業のみならず、零細企業もM&Aの対象になるようになった。そのため、会計事務所がM&Aに遭遇してしまい、どのようにクライアントに対してサービスを提供したらよいのか分からないという質問を受けることが多い。
会計事務所がM&Aに関与する場合には、バリュエーションやデューデリジェンスが重要であるという先入観があるかもしれない。バリュエーションについてはDCF法が主流となり、デューデリジェンスについては会計監査のノウハウを活用することができる。上場会社が買い手になる場合には、株主に対する説明責任もあるため、外部専門家の関与は必要になるのかもしれない。しかし、非上場会社が買い手になる場合において、総資産が10億円程度の零細企業を買収対象とするときは、バリュエーションやデューデリジェンスを厳密に行う必要がないことが多い。
なぜなら、設備投資を行う際には、設備投資に要した費用が何年で回収できるのかを考えて投資することが多いことから、M&Aにおいても買収価額が何年で回収できるのかを考えて算定すべきであるため、DCF法や類似会社比準法といった上場会社の株価を意識した手法を採用すべきではないからである。すなわち、買収価額が1億円であるならば、その会社に存在する有利子負債をすべて返済し、かつ、1億円の余剰資金が生じるまでに何年かかるのかを考えて投資すべきということになる。そのため、会計事務所がバリュエーションをするのではなく、買い手企業の経営判断によるバリュエーションということになるため、会計事務所がやれることといえば、経営判断のための情報の検証に限られることになる。
デューデリジェンスについても、一般的に零細企業については、決算書の信頼性が低く、かつ、簿外債務があることも否定できないため、当該零細企業の株式を購入するのではなく、事業譲渡により買収を行うべき場面が少なくない。そのような場合には、売掛金や買掛金を譲渡対象に含めずに、最小限の資産及び負債のみを譲渡対象にすることで、買収後のリスクを遮断することができる。このような手法を採用した場合には、デューデリジェンスの対象も限定的になることから、デューデリジェンスの難易度は下がることになる。
このように、M&Aというと高度なテクニックが必要になるように思われるが、零細企業を対象とする場合には、それほど難易度が高い業務でないことが少なくない。