令和8年度診療報酬改定のポイントは点数ではない「人件費原資の見える化」が突きつける実務の本質
令和8年度診療報酬改定は、令和8年6月から本格的に施行されます。今回の改定は、単なる点数の増減ではなく、「収益の意味の変化」を伴うものです。
例年は点数議論に目が向きがちですが、本質は「どのように収益が配分されるか」という構造にあります。この変化は、税務・会計の実務にも長期的な影響を及ぼします。
この記事では、改定の全体像を整理したうえで、「人件費原資の見える化」という論点から、その実務的な意味を考えます。
目次
令和8年度診療報酬改定の全体像

今回の診療報酬改定の基本方針は、医療提供体制の維持・強化と、それを支える人材の確保に明確に置かれています。人口減少と高齢化が同時進行する中で、医療需要は質的にも量的にも変化しており、地域によっては医療資源の偏在が深刻化しています。
この状況下で、医療機関の機能を維持しつつ、必要な人材を確保するためには、単に医療行為に対する対価を見直すだけでは足りません。働く人材に対して適切な処遇を行い、その持続性を担保する仕組みが不可欠とされています。
したがって、今回の改定は医療の質の確保と人材確保を一体として捉えた設計となっており、その意味で従来の改定よりも政策色が強いものとなっています。
3つの主要論点
本記事では、税務・会計実務への影響が大きい論点として、主に三つに整理します。
医療従事者の処遇改善
すなわち賃上げへの対応です。医療現場では慢性的な人手不足が続いており、とりわけ看護師やコメディカル職種の確保が経営課題となっています。
これまで診療報酬は医療行為への対価として設計されてきましたが、今回の改定では人材確保そのものを目的とした報酬設計が前面に出ています。単なる収益増ではなく、賃上げへと確実につなげることが政策的に求められている点に特徴があります。
医療機能の分化と連携の推進
従来から進められてきた医療機能の分化と連携の推進については、今回の改定で「実績」による評価へと踏み込んでいます。入退院支援加算では、退院支援体制の整備に加え、実際の退院調整の実施や在宅復帰の実現といった運用実績が求められます。
また、地域医療連携においても紹介率・逆紹介率などを通じて患者の流れが機能しているかが評価対象となります。すなわち「連携しているか」ではなく「患者が動いているか」が問われる構造に変わっており、日々の診療運用そのものが収益に直結する点に今回の特徴があります。
効率化とDXの推進
ここでいうDXは、単に電子カルテを導入するという段階をすでに超えています。
今回の改定では、医療機関がデジタル基盤を活用し、診療データを標準化された形で蓄積・提出し、それを制度側が評価するという構造が明確に打ち出されています。
医療DX関連の評価では、マイナ保険証の利用、電子処方箋、電子カルテ情報共有サービス、サイバーセキュリティ対策等を踏まえた評価体系が見直され、単なる導入の有無だけでなく、実際の活用体制が問われる方向に進んでいます。
これらはいずれも重要なテーマですが、税務・会計の実務に直接的な影響を及ぼす観点からは、さらに一段踏み込んだ理解が必要です。
税務・会計実務に影響が大きいのはどこか
多くの論点の中でも、税務・会計実務に最も大きな影響を及ぼすのは「処遇改善」、すなわち賃上げに関する制度設計です。単なる収益増減ではなく、収益の使途が制度的に規定される点において、従来とは質的に異なる影響をもたらします。
令和8年度診療報酬改定のポイントは「点数」ではない
今回の診療報酬改定では従来のように加算の点数で医療を政策へ誘導しようとするものにとどまっていません。
なぜ点数議論だけでは不十分なのか
従来の診療報酬改定は、点数の増減による収益インパクトを把握し、損益に反映させるという枠組みで捉えられてきました。しかし今回の改定はそれにとどまりません。収益の一部について使途があらかじめ想定される構造となっており、収益の性質そのものが変わっています。
「使途を意識させる報酬」という転換
その象徴が医療従事者処遇改善評価料(ベースアップ評価料)です。この評価料は賃上げへの充当を前提とした報酬であり、収益の使途が制度的に組み込まれています。
すなわち、医療機関の収益は「自由に使えるもの」から「目的に紐づくもの」へと変化しています。この結果、従来のような損益管理だけでなく、収益と人件費の対応関係を明確にする管理が求められるようになっています。
「人件費原資の見える化」とは何か

ベースアップ評価料の制度は、医療機関が従業員の賃上げを実施することを前提に、その原資を診療報酬として補填する仕組みです。単に加算を算定するだけでは足りず、実際に賃上げを行い、その状況を一定の形で把握・説明できることが求められます。
ここで重要なのは、この制度が「賃上げの有無」と「報酬の受給」を結びつけている点です。結果として、収益と人件費が制度的にリンクする構造が形成されます。
なぜ見える化が求められるのか
なぜここまで見える化が求められるのでしょうか。その背景には、医療分野における賃上げの遅れがあり、単なる報酬引上げでは人件費に反映されないという課題から、使途を意識させる制度設計が採られています。
ベースアップ評価料の算定要件
この評価料は自動的に算定できるものではなく、以下の要件を満たす必要があります。
- 医療従事者の賃上げ計画を策定し、所定の様式で届け出ていること
- 当該計画に基づき、実際に賃上げを実施していること
- 賃上げの内容および実績を継続的に把握・説明できる体制を有していること
重要なのは、「計画」と「実績」の双方が要件となっている点です。したがって、届出だけで完結する制度ではなく、継続的な運用管理が前提となります。
なお、手当として支給する場合であっても、一時的・可変的な運用では賃金水準の引上げと評価されないリスクがある点には注意が必要です。
従来との違い
従来の診療報酬は、基本的に医療行為の対価として支払われ、その使途は医療機関の裁量に委ねられていました。しかし今回の制度では、収益の一部について、賃上げとの対応関係を説明することが求められます。
この違いは、会計上の処理よりも、管理会計や内部統制の領域に影響を及ぼします。収益を一括で捉えるのではなく、その内訳と対応する費用を意識的に管理する必要が生じるためです。
税務・会計実務への影響
今回の改定は、単なる点数の増減ではなく、収益と人件費を制度的に結びつけるものです。そのため、従来のような損益管理だけでは不十分となり、評価料による増収がどの程度賃上げに充てられているかを把握し、説明できる管理が求められます。
実務上は、「この加算分はどこまで給与に回すべきか」といった判断や説明が必要となる場面が増えます。したがって、帳簿の整備にとどまらず、収益と人件費の対応関係を整理し、その内容を外部に対して説明できる形で管理することが不可欠です。
実務対応の要点
実務対応としては、ベースアップ評価料による収益と、それに対応する人件費の増加を「対応関係で管理する仕組み」を構築することが不可欠です。具体的には、以下のような管理表を月次で作成し、累計でも整合性を確認していきます。
なお、実務上は評価料収入を単独で把握するために、医事部門との連携が不可欠となります。レセプト上の加算点数から抽出する方法が基本となりますが、実務上は、レセプト上の加算収入と賃上げ額を可能な限り対応させ、合理的に説明できる管理資料を整備しておくことが重要です。
【管理表の基本構造(例)】
| 月次 | ベースアップ評価料収入 | 賃上げ増加額(基本給・手当) | 差額 | 累計差額 |
| 4月 | 1,200,000円 | 1,000,000円 | +200,000円 | +200,000円 |
| 5月 | 1,150,000円 | 1,100,000円 | +50,000円 | +250,000円 |
| 6月 | 1,180,000円 | 1,200,000円 | ▲20,000円 | +230,000円 |
このように、「評価料収入」と「賃上げ増加額」を対応させて把握することで、制度趣旨に沿った運用ができているかを継続的に確認できます。特に重要なのは累計差額の推移であり、プラスが過大に積み上がる場合は賃上げが不十分である可能性があり、逆にマイナスが継続する場合は制度以上の人件費負担が発生していることを意味します。
また、管理にあたっては以下の観点も整理しておく必要があります。
| 管理項目 | 実務上の論点 | 対応の考え方 |
| 賃上げ対象範囲 | 常勤・非常勤の扱い | 対象職種・雇用形態を事前に明確化 |
| 賃金の内訳 | 基本給か手当か | 継続性が担保される形で設計 |
| 賞与の取扱い | 賞与算定基礎に含めるか | 制度趣旨と整合するかで判断 |
| 時期のズレ | 評価料と賃上げ時期の不一致 | 月次ではなく累計で調整 |
| 規程整備 | 就業規則との整合 | 賃金規程に明記しておく |
さらに、最終的にはこの管理結果をもとに、「評価料収入がどのように賃上げに充当されているか」を説明できる資料へと落とし込む必要があります。単なる内部管理にとどまらず、行政への報告や、必要に応じた金融機関・顧問先への説明にも転用できる形式で管理しておくと、実務上の負担を軽減できます。
医療事務全体では手数が増えることとなりますが、経理単独で完結する管理ではなく、医事・人事を含めた部門横断的な管理体制システム化が必要です。
今回の改定においては、「記録しているか」ではなく「説明できるか」が問われます。表形式での管理は、そのまま説明資料として転用できる点で極めて有効な手法と言えるでしょう。
まとめ
今回の診療報酬改定は、単なる点数の見直しではなく、収益の性質を変える構造的な転換です。全体像を押さえたうえで、本質が「人件費原資の見える化」にあることを理解できるかどうかで、実務対応の質は大きく変わります。
制度を正しく読み取り、顧問先に適切な説明と管理の枠組みを提供できるかが、今後の差となって現れてくるでしょう。
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